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海外道中記
TRAVEL DIALY
   

はじめに (アトランタ編)
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ここでは、アメリカで毎年開催される世界最大級の福祉機器展『メドトレード』見学のエピソードや裏話などをご紹介しますが、一つだけ皆さんにお詫びを申し上げなければなりません。

 今までに執筆してご好評をいただいた『ニューオーリンズ編』と『ニュールンベルグ編』でほとんどすべての海外旅行の裏技やネタを出し尽くしてしまいました。(笑)
 ですから、デュッセルドルフ編や今回のアトランタ編は観光案内が中心になってしまいます。もしも、展示会の規模や海外旅行の注意事項などをお知りになりたい時は、第一作目の『ニューオーリンズ編』から順にお読み下さい。



ただ、その代わりと言っては何ですが、今回は日ごろ懇意にさせていただいているオーエックス神奈川の森本ご夫婦がご一緒で、色々と本では勉強できないようなことを学ばせていただきましたので、そのいくつかをご紹介します。森本さんは車椅子歴17年以上で、たけしの『ここが変だよ!日本人!』にもゲストで登場したことがあります。


最後に、次回のメドトレードに行ってみたいなという方の中で、航空券やホテルの手配などでお困りのことがありましたら、お客様メールコーナーで何なりとお聞き下さい。私でできることであれば全力でお手伝いさせていただきます。旅行記のご感想や行かれた方の観光スポットご紹介、体験談なども楽しみにお待ちしています。

   

出発前の悪夢ーふたたび (アトランタ編)
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昨年ニューオーリンズで開催されたメドトレードでは、出発の約1ヶ月前にアルカイダによるアメリカ同時多発テロが発生しました。そのためにメドト レード見学予定をキャンセルされた方も多く、社会的にもアメリカの急激な株安を受けて世界的規模で同時株安を引き起こしたり、客離れで世界中の航空会社が 相次いで破綻するなど大変な影響を受けました。

 ようやく落ち着きを取り戻したかと思っていましたが、その矢先にロシアで800人以上を人質にとる過激派立てこもり事件が起きたり、日本人にとっても人気の高いバリ島で200人以上が犠牲になる爆破テロ事件が起きたりと、1年前の悪夢がふたたび襲いました。


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今回は当社社長やコスモ株式会社雨宮社長(以下、雨宮さん)といったレギュラーメンバーに加え、前述の通りオーエックス神奈川の森本さんご夫妻と現 地で合流する手筈となっていましたので、アトランタ行きを決行するかどうかをすぐに相談しました。私は昨年のアメリカ同時多発テロの直後でも訪米したよう な生まれつきの楽天主義ですが、人によっては本人はともかく会社や周りの人から待ったがかかる場合があるからです。結果的には、森本さん夫妻も予定通りア メリカ行きを決行することとなりました。

 テロや宗教、主義をここで論議するつもりはありませんが、仕事柄普通の人よりは人の生死と向き合った仕事をしていますので、1日も早く世界的平和が実現されることを強く願います。




   

 -豆知識:アトランタってどんな街? (アトランタ編)
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アトランタというと『風と共に去りぬ』を思い出す人がいるかも知れませんが、私が見た限りで はその当時の面影は全くありません。その意味では、ニューオーリンズの方がアメリカの古き良き時代の面影が街のいたるところに残っています。現在のアトラ ンタは、アメリカ南部を代表する経済都市で、例えば『コカコーラ』や『世界のニュースCNN』の本社などがあります。

 私の個人的な意見ですが、文化を残すということと経済発展するということは、なかなか両立できないと思います。経済が発展すると人が集まって きますが、そうすると高層ビルが必要となるので古い建物は壊さなくてはなりません。アトランタがアメリカ有数の経済都市に発展していくためには、文化を象 徴する街の面影などが犠牲になってしまったのは仕方がなかったのかも知れません。


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面影をなくすという大きな代償を払った結果、アトランタはアメリカで最重要都市の一つにまで発展したのですが、元々そうなる基盤はあったようです。アメリカ大陸がコロンブスに発見さ れて以来、アメリカの歴史上で早い時期からアトランタは交通の要衝とされており、1845年にジョージア州都となる時にこの地を走っていたウェスタン&ア トランティック鉄道の名にちなんでアトランタという名前がつきましたが、それまではターミナス(ターミナル=終着駅)という名前であったことからも、その ことは推測できます。






   

久しぶりのビジネスクラス! (アトランタ編)
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2年ほど前に『エコノミークラス症候群』なるものが突然クローズアップされましたが、それでなくても10数時間狭い座席で空の旅というのは憂鬱です。数十回飛行機に乗りましたが、その中でファーストクラス(最近はほとんどの航空会社ではなくなり、ビジネスクラスと一緒が多いです)に乗ったことは3回です。1回だけ新婚旅行で奮発して乗りましたが、あとの2回はオーバーブッキングによる特例措置です。

 航空会社は直前のキャンセルを見越して実際の座席数より多めに航空券を発券しますが、時としてキャンセルが出ずエコノミークラスの座席が足りなくなることがあります。このような時に運が良ければ無条件で空席のあるファーストクラス(ビジネスクラス)へ入れてくれることがあるのです。しかし、運が悪いとファーストクラスもいっぱいで翌日の便や他社便へ振り替えということもあります。(滅多にありませんが・・・)


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今回のビジネスクラスは、今までとパターンが違います。今回は、初めて貯まりに貯まったマイレージポイントを使ってアップグレードしたのです!(!マークを付けるほどのことではありませんが・・・。)
 マイレージポイントについては、ニューオーリンズ編などで詳しくご説明していますのでご参照下さい。早い話が飛行機に乗るごとにポイントが付き、ポイントを使うと例えばエコノミークラス料金でビジネスクラスへアップすることができるのです。


at-ph-02.jpgそんなこんなでビジネスクラスに乗り込んだ私は、恒例のノースウェスト航空70便にて関西空港を飛び立ったのです。
座席の広さはと言うと、フルリクライニングをして下から足載せ台を引っ張り出すと正にベッドになります。身長2メートルくらいの人が足を伸ばしても、前の座席には届きません。シートの横幅もゆったりで、エコノミークラス4席分くらいのスペースがあります。(すいません。役得で・・・)

at-ph-03.jpg食事も豪華で、ワインやビールは飲み放題、前菜に始まってサラダにスープ、メインはサーロインステーキ、デザートに食後のコーヒーと、レストランのコース料理のように出てきます。
おまけに、各座席に専用のテレビが付いていて、好きな映画を好きなだけ観ることができます。(本当にすいません。役得で・・・)



at-ph-04.jpg一つだけ自己弁護させていただきますと、'役得マイレージポイント'でアップグレードしたのは今回が初めてで、それまでの8年間は年に数回の海外出張はいつも10数時間(乗り継ぎ便も合わせると、実に片道20時間以上です!)エコノミークラスで頑張っていました。(って、これで普通ですけど)









   

 -豆知識:マイレージポイントは誰のもの? (アトランタ編)
会社が費用を負担する海外出張で得たマイレージポイントは誰のものでしょうか?マイレージカードは個人名で登録して個人にポイントが付くものですので使おうとどうしようと個人の自由と思われがちですが、厳密には会社のものです。

 例えば、マイレージポイントが貯まるとそのポイントで無料航空券を手にすることができますが、そうすると会社としては交通費という費用が浮きま す。そもそも、そのマイレージポイントは会社の経費で航空券を購入して得たものですから、そのポイントの権利は会社にあるという訳なのです。

 もちろん、会社が自由(私的)に使っても良いと認めている場合や、暗黙の了解である場合はこの限りではありません。ただし、最近では一部の人にだけ役得があると不公平感が生まれるということで、自由に使うことを認めない企業もあるそうです。
私の場合は、役得になってしまっていますが・・・。(笑)




   

 -豆知識:アトランタのダウンタウンって? (アトランタ編)
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ダウンタウンと言いますと、何となくごちゃごちゃした治安の悪そうな地区と思う方が多いようですが実際は違います。英語のダウンタウンには下町という意味もありますが、一般的にはビジネス街や商業地、都市の中心部というような意味で使われる方が多いようです。

 その昔、出張でアメリカに行く時に旅行社にホテルの手配をしてもらったのですが、『ダウンタウンのホテルがとれました』と言われ、ダウンタウンを 誤解していた私は『ダウンタウンじゃないところにしてよ』とリクエストをし、その結果、郊外にある不便でサービスが悪く小さなホテルになっていたという失 敗をしたことがあります。(笑)

 アトランタのダウンタウンは、やはり経済の中心地で、CNNの本社をはじめフォーチュン誌上位500社中の8割以上の大企業が拠点を 設けています。日本で言うと大阪や名古屋のような都市なのです。コカコーラの歴史やグッズなど'コカコーラ文化'のすべてを紹介したワールド・オブ・コカ コーラ展示館やアンダーグラウンド・アトランタのような娯楽施設が充実していますので、観光スポットとしても十分に楽しめます。




   

1時間半遅れでアトランタ到着! (アトランタ編)
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デトロイト空港でアトランタ行きの便に乗り換えをするのですが、一度飛行機に搭乗したにも関わらず、機内アナウンスで降りるように指示がでました。
 不審な荷物が出たか、近くの都市でテロが起きたか!と一瞬どきっとしましたが、どうやらアトランタが物凄い雷で離着陸を中断しているようです。
天災なら仕方ありません。おとなしく搭乗口付近で待って、1時間半遅れでアトランタへ飛びました。

 結局ホテルへ到着したのは、自宅を出発して約24時間後の現地時間で23時頃です。時間が遅いので一人で町に繰り出してレストランを探す勇気も元気も無く、こんな時のためにと持って来ていた非常食(パイとかっぱえびせんですが)を部屋でぐったりしながら食しました。カップヌードルやお湯で食べられるご飯、スナック菓子などは海外出張の必需品です。

 翌朝、東京からJALで到着した雨宮さんと同じく東京からノースウェスト航空で到着した森本さん夫妻に聞くと、それぞれ到着が遅れたそうで、雨宮さんなんか3時間半くらい遅れたというので私はまだ運が良かった方かも。





   

 -豆知識:アトランタのホテルって? (アトランタ編)
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リッツ・カールトンホテルやハイアット・リージェンシーホテル、ヒルトンホテル、シェラトンホテルなど一流ホテルはすべてダウンタウンにあります。アメリカのホテルが、展示会の有無などによって価格がコロコロ変わることはニューオーリンズ編の豆知識『アメリカのホテルって?』に書きましたが、アメリカ有数のビジネス都市、コンベンション都市であるアトランタも、メドトレードのような大きな展示会が開催されている期間は宿泊料金がとても高くなります。

 大体の目安ですが、展示会期中の高級ホテルで1泊200ドル(税サ込み)くらいは覚悟しておいて下さい。もう少し格下のホテルにすれば安くなりま すが、地区をよく確認しておかなければ治安が悪かったり近くにレストランやコンビニエンスストアが全くない地区などであれば、結局は不便であったりタク シー代が高くついたりということになってしまいます。また、アメリカのほとんどのホテルはシングルルームもツインルームも価格が同じですので、2人で泊ま れば宿泊料金は半分になります。





   

愛用のスーツケースがー! (アトランタ編)
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そうそう、アトランタに到着してスーツケースを受け取った時に、ショッキングな小事件がありました。私のスーツケースがベッコベコに凹んでしまっているわ、何かが突き刺さったのか穴があいているわ、蓋も少し浮いてしまっているわという、無残に変わり果てた姿だったのです!

 ホテルですぐに中身を確認しましたが、幸い無くなっているものも壊れたものもありませんでした。思えば新婚旅行用に買ったお気に入りのサムソナイトで、海外出張ではいつも私と行動を共にした言わば相棒です。(って、言い過ぎでしょうか?)



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ひん曲がった蓋を無理やりこじ開けましたが、今度は閉まりません。身を引き裂かれる思いで相棒にキックを連発し、何とか開け閉めができるようになりました。(笑)

 本来は破損が見つかったその場で係員に申告しないと保障してくれないのですが、そこはアメリカを代表するノースウェスト航空。結果的には帰国して 事情を説明すると無償修理してくれました。修理不能で新品交換と思っていましたが、1ヶ月くらいで見事完全復活して返って来ました。お見事!





   

いざ、メドトレード会場へ! (アトランタ編)
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その夜は飛行機で熟睡したにも関わらず寝つきは良かったのですが、早朝4時半に目が覚め、それから起床時間の7時半まで一睡もできませんでした。日頃6、7時間寝ている私にとって睡眠時間4時間は日中少しばかり堪えました。

 当社の社長か雨宮さん、森本さんの誰かと会うだろうとレストランでゆっくりと朝食をとりましたが結局誰とも会わず、少しばかり焦りました。事故やトラブルでもあったのだろうかと。しかし、それも杞憂に終わり、待ち合わせ時間の9時半には全員集合でメドトレード会場にタクシーで向かいました。

 ちなみに会場までダウンタウン(中心街)からタクシーなら10分くらいで、料金は7ドルから10ドルくらいです。アメリカのタクシーは乗る人数によって料金が変わったり、空港⇔ダウンタウンのような特定の場所や地域へは料金が決まっています。ですから、場所によってはメーターを倒さないこともあり、初めてアトランタを訪問した94年にはそれを知らず、ぼったくり運転手かと思いその度に抗議しましたが、英語修行中なのとなまりのある南部英語ですので運転手の言っていることが聞き取れず、よくスッタモンダしたものです。


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このことを雑談で紹介すると、『よくそんな怖いことするね』と言われることがありますが、アメリカの街中でタクシーに乗る分にはそれほど神経質にならなくても良いかと思います。彼らも生活がかかっていますので、滅多なことではトラブルを起こしません。乗務員免許を取り消されたら大変なことですから。 ただ、日本人が財布の紐がゆるいことをよく知っていますので、重要な収入源であるチップを期待して、サービスがやや過剰気味になることがあります。
 パターンとしては大きく2つで、大した服装でもないのに無理やりセンスや持ち物を褒めちぎるか、東京や京都、芸者さんに日本食など思いつくまま日本に関することなら何でも褒めちぎるかです。

ただ気になるのは、芸者さんがそこら中にいるとか、数は少ないものの侍がまだ日本のどこかにいると思っている運転手さんが意外と多いことです。これはオーストラリアでもそうでしたが、どうも日本人は誤解されているようです。(笑)
 そうそう、今は亡き坂本九さんの'上を向いて歩こう'を熱唱する運転手さんもいました。アメリカで日本人の歌として始めてミリオンセラーを記録したそうで、50代以上の人には未だに阪本九さんの根強いファンがいるそうです・・・。

 ところで、疲れていたりしてこのように話しかけられることが嫌な時の対処法をお教えします。東洋人と見ると『フローム ジャパン?』や『ジャパニーズ?』と聞いてきますので、こう答えるのです。『チャイニーズ。ニーハオ!』(笑)


at-ph-13.jpg随分と話が逸れましたが、この日の天気は曇りで低いところまで雲が降りてきています。向かいのビルの最上階付近などは全く見えない状態です。気温は20度くらいと思います。出発前にインターネットでアトランタの予想気温を調べた時は、最低気温が10度くらいと結構寒そうに載っていました。コートは意外と嵩になるので悩んだ末に持ってきませんでしたが、持ってこなくて正解でした。当てにならない天気予報・・・。


at-ph-16.jpgメドトレードの会場はワールドコングレッションセンターという所ですが、世界で最も有名なニュース発信企業CNNの本社ビルとは目と鼻の先です。
 アトランタ観光で人気の高いツアーの一つに『CNN本社ビル見学ツアー』があるそうですが、過去2回のアトランタ訪問では過密スケジュールにつき、そのようなツアーに参加する時間は全くもってありませんでした。
 今回も'有駄有駄タイム'を使ったとしてもなさそうです。もっとも仮に時間が取れたとしても、ツアーガイドの説明がどこまで聞き取れるか不安ですが・・・。


at-ph-14.jpg開場前の会場前(ダジャレじゃありません)は大変な人混みでした。日本の展示会のほとんどは入場受付のためにかなり多くの窓口を用意しますが、アメリカやドイツでは窓口が5つくらいしかないことが多く、とても混み合います。そもそも事前申し込みで入場カードを手に入れておけば窓口に並ぶ必要はないのですが、仮に10人に1人が当日受付をしたとしても数百人から数千人が少ない窓口に殺到することになるのです。今回、私たちは雨宮さんを除いて10人に1人の方でした・・・。






   

名刺のいらない展示会 (アトランタ編)
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メドトレードでは、極端に言うと名刺がいりません。入場カードに付いているバーコードにその人の名前や会社名、住所などが登録されていているのです。出展している企業のブース(小間)にはバーコードを読む機械があって、名刺がなくても誰が来たか分かるという訳です。

 良い点は、見学する側にとって大量の名刺を持ち歩かなくても良いということ。出展企業にとっては、後からDMを出したりする時にいちいち宛名を書 かなくても自動的に宛名ラベルとして印刷できますし、来訪者分析をする時に業種別で分けたり、あいうえお順で並べ替えたりと思いのままなのです。

悪い点は、一部の人にとってだけですが、こちらの素性を隠したくても隠せないことです。例え ばライバル会社の情報を探りに行ったりする時ですが、架空の会社名などで入場登録をすると、自分が本当に欲しい商品や興味のある会社からのDMまでもが不 達になってしまいます。もっとも、私のように堂々と名乗ってライバル会社のブースへ行く変わり者もいますが・・・。


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私たちが日本国内の展示会に出展していても、来られるお客様の中に必ず名刺のきれる方がいらっしゃいます。私たちにとっても、その方にとってもある いは名刺がきれるということが大きな機会の損失になっているかも知れないのです。簡単な名刺交換だから生まれるご縁もありますが、名刺がきれて名前や会社 名、連絡先などを手書きで記入するとなると、面倒くさいから『まっ、いっか』となりがちです。名刺がきれてから後のすべてのブースでいちいち記入するなん て、私でも億劫になります。

 そんなお客様にも出展者にも便利で、おまけに機会の損失を防いでくれるアメリカの入場者管理システムは日本でも是非、導入してほしいシステムの一つです。もっとも、当日の入場受付でそれら入場者の情報をコンピューターに登録するキーパンチャーがたくさん必要ですが・・・。




   

 -豆知識:アトランタの治安って? (アトランタ編)
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私が初めてメドトレードの見学に行ったのは95年にアトランタで開催された時ですが、アトランタ・オリンピックを翌年に控え、急ピッチで町の整備が行なわれていました。

 私にとってアトランタはそれが初めてで、当時は治安の悪い地域があると事前情報で聞いていたことと、実際にニューオーリンズ編の 豆知識『アメリカの治安』に書いたように、銀行でお金を下ろしていると窓口の人に『この辺りは昼間と違って、夕方以降になるととても物騒なので、早くタク シーで立ち去った方がいいですよ』と警告をされたことがありましたのであまり良い印象ではありませんでしたが、98年に2回目の訪問をした時は、オリン ピック開催に際して当局が治安回復に全力を尽くしたこともあってか、ずいぶんと'安心できる街'に変わったようです。


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ただし、そこは日本と違いアメリカです。比較的簡単に誰でも拳銃を手に入れることはできますし貧富の差は激しく、極端な例ですがたったの200ドルで人殺 しを請け負うストリートギャングもいます。私たち旅行者が日本にいる時よりも、もう少しの注意を払って滞在すればそれほど心配はいりませんが、地元の人が 行かないような路地裏や地域に行ったりすることは控えた方が良いでしょう。安全と危険が隣り合わせの国であるということは、肝に銘じておかなくてはなりま せん。





   

車いすは機内持ち込み? (アトランタ編)
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今回のアメリカ出張では、車椅子を日常的に利用している森本さんと良き理解者でありパートナーである奥さんが旅の道連れということで、本に書いていない事や講習では教えてくれないような事を随分と学びました。仕事柄、お年寄りや障害者など車椅子を利用する方々と接する機会は多いのですが、何日間も行動を共にするということがなかったのです。
 あまりにも多過ぎて、それだけでも数十ページにもなりそうですので、ごく一部だけですがご紹介していきます。

 まず飛行機ですが、航空会社によっては車椅子を手荷物として認めてくれないことがあります。最も大きな理由は、飛行機の通路は狭いので汎用タイプの車椅子では通れないからですが、森本さんの車椅子は両側の大車輪がワンタッチで取り外せ、そうすると狭い通路でも通れるようになるので、手荷物として持ち込みできることが多いのです。


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では、なぜ自分の車椅子を手荷物にする方が良いのでしょうか?もしも手荷物として認められず荷物室行きとなると、破損の可能性が高くなるのです。前述の『愛用のスーツケースがー!』でご紹介した通り、頑丈なスーツケースですら変形してしまうことがあります。破損してしまったら、航空会社は弁償してくれるでしょうし、旅行中は代わりの車椅子を貸してくれるでしょう。
しかし、森本さんのように座面の大きさからフットレスト、アームレストの高さに至るまで、すべて自分の状態に最も適するようにあらゆる調整をした車椅子に乗っている人にとって車椅子は手足の一部なのです。
 その車椅子が破損してしまっては、旅先で体にぴったりの車椅子を調達することは不可能に近く、そうすると即、床ずれの危険が生じてしまうのです。

 今回のアメリカ出張では日本→アトランタ→ラスベガス→日本の全行程中、実に7回の搭乗をしましたが、ラスベガス→サンフランシスコの航空会社だけ(ちなみにNW航空ではありません)が車椅子の機内持ち込みを頑なに拒否しました。それまでも一度拒否されたことがありましたが、森本さんが大車輪を外して通路を通れることを実践すると納得してくれたのに、この航空会社はそれでも駄目の一点張りです。


at-ph-1853.jpg責任者出て来ーい!という事態にまで発展し、最後は近くにいた日本人ツアーの現地スタッフまで通訳に呼びましたがやっぱり駄目とのこと。森本さんが折れて預けることにしましたが、替わりに用意されたのは機能的には車椅子のつもりかも知れませんが、腰と足をベルトでグルグル巻きにするので見た目にはまるで"護送用椅子"です。

他の乗客が席に着いた後でフライト・アテンダント(昔はスチュワーデスと言っていました)に押されての搭乗。とても車椅子に見えない状態で、まるで危険人物が拘束されているかのようです。これが福祉先進国のサービスでしょうか?安全面でやむを得ないのであれば、せめてもう少し見た目が良い車椅子とベルトにして欲しいものです。

 あと、今回は時間の短いフライトなので幸いでしたが、3、4時間以上のフライトであればトイレに行くなどの度にフライト・アテンダントを呼んで車椅子を用意してもらい、また腰と足をベルトで"グルグル巻きにしてもらい"、押してもらわなければいけません。安全面の配慮とは言え、そこまでする必要があるかどうか疑問です。足腰の弱った方やお酒の入りすぎた方が一人でトイレに向かっている方が危険な気がするからです。皆さんはどう思われますか?





   

メドトレード探索! (アトランタ編)
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さぁ、いよいよメドトレードの探索です。恒例通りに、まずは米国アクション社のブースへ行きましたが、なぜか例年の半分以下の大きさ。前週にヨーロッパ最大級の福祉機器展『リハケア』に出展していたため、主だった機材やメンバーはそちらとのこと。これは意外な展開でした。

 私たちなら見栄もあって(笑)地元の展示会の方を優先しがちですが、彼らの理論では『知名度の高い地元よりもそうでない地区の方が大事』なのです。
日本の展示会では、例年よりもブースが小さくなると『経営が苦しくなったんじゃないの?』といらぬ心配をして下さる方がたくさんいらっしゃって、なかなか費用削減ができないと嘆く企業が多いようです。


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私の会社も毎年出展していたある展示会を、出展効果に疑問があったので取りやめにすると『水臭いなぁ。そんなに経営が苦しいんなら言ってよ』なんて"暖かいお言葉"をいただいたことがあります。(笑)
1年に1回、その展示会にしか来られない方にとっては、そこに出展していない会社は無いのと同じということなのかもしれません。






at-ph-1789.jpgメドトレードの会場に入ってまず思ったのは、『あれ?会場が小さくなったかな?』ということです。毎年あまりに会場が大き過ぎて端が見えないのですが、今回は辛うじてですが端が見えるのです。
それでもナンダカンダ言っても大きい会場であることに間違いはありませんので、一番端から順に見学を始めました。この時には全員、興味の対象や目的が違うのでバラバラで行動しています。



at-ph-10.jpg昼食の時に全員集合したのですが、朝から例によってコテコテの朝食を腹いっぱいに食べていましたので誰も食欲がなく、サラダなどの軽いメニューで終わりました。私は朝食は味噌汁とご飯を1杯だけという極めて少なめなのですが、海外出張すると時差ぼけの一種なのか朝と晩を豪快に食べてしまいます。
 アメリカの朝食が日本時間で夕食にあたるから朝からディナー並に食べてしまうのかなと自己分析していますが・・・。


at-ph-1785.jpg昼食後もそれぞれ分れて探索しましたが、ようやく会場の端まで到達した時にあることに気付きました。天井から現在位置が分かるように、大きな垂れ幕に500番単位でブース番号が表示されているのですが、端に来たのに3000番台なのです。場内案内図では6000番くらいまであるはずなのに・・・。






at-ph-1799.jpgもしや、もしや、もしや・・・。あー!もう一つ会場があるー!今でやっと半分だぁー!阪神淡路大震災の時に1Kmくらい離れた川まで徒歩で水を汲みに行き、もう少しで帰り着くという頃に凍った路面でひっくり返り再度同じ道を往復したことがありますが、その時以来のショックでした・・・。
それにしても、やはりメドトレードはビッグです。2m四方くらいを1小間として6,000小間近くあるのですから・・・。挫けそうになりましたが、気を取り直してもう一つの会場へ行きました。

 結局その日は2周するのが精一杯で、パンパンに膨れ上がった鞄と重い足を引きずりながらホテルへ帰りました。







   

どこがバリアフリールーム? (アトランタ編)
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今回の出張で私たちが泊まったのは、ダウンタウンにあるヒルトンホテルですが、アトランタの中でも一流ホテルの一つです。
 森本さんがチェックインする時に、ホテルの人がバリアフリールームを用意してくれたとのことだったので『さすがはヒルトン!』とばかりに、私の部屋とどう違うのか見せてもらいに行きました。ところが、浴槽が低いわけでも洗面台が低いわけでもなく、私と全く同じ部屋でした。ここで車椅子の人に優しい部屋のチェック項目と、森本さんに教えてもらった解決策をお教えします。

 まずシャワーですが、脊損などの人は下半身を自由に動かすことができませんので、バスタブに湯をはって入浴します。最後はシャワーで洗い流すのですが、この時にお湯を出すハンドルが高い位置にあってはお湯を出すことができません。そうすると、必ず介護者 (それも裸ですのでかなり親密な方に限りますが) が必要になります。また、欧米のシャワーノズルは高い位置に固定されていることが多く、これでは下手をするとお湯が頭を通り越してしまいます。
 先にシャワーノズルの角度だけでも調整してもらっていると、勿体無いかもしれませんがお湯は浴槽の蛇口から出しっ放しにしておくと、低い位置にあるコックを上げるだけでシャワーに変わります。


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次にトイレですが、便器の左右どちらでも良いので車椅子が納まるスペースが必要です。車椅子を横付けしないと、移乗が面倒だからです。
この点は、ヒルトンホテルのバス兼トイレルームは広いので合格でした。
基本的には、アメリカのホテルは日本のホテルに比べてどこもバスルームが広いので大丈夫かと思いますが、ロビーやレストランのトイレにまで障害者用個室があるか、十分なスペースがあってはじめて合格と言えるでしょう。


at-ph-1848.jpg次に洗面台ですが、欧米人は日本人に比べて体が大きいので洗面台などもとても高い位置にあります。そうすると鏡の方に置いてあるコップや歯ブラシを取ることが困難ですので、あらかじめ前の方に移動しておいた方が良いです。
また、顔を洗う時に洗面台まで顔の高さが届きませんので、どうしても胸元を水で濡らしてしまいます。タオルを四つ折りくらいにして洗面台の端に置くと服が濡れるのを防いでくれます。



at-ph-11.jpg床については、段差がないことはもちろんですが、毛足が長かったり沈み込むようなフワフワのカーペットも良くありません。車椅子をこぐ時に物凄く重いからです。今まで宿泊したすべての海外のホテルで、段差があったホテルはあまりありませんが、フワフワのカーペットはよくあります。健常者が歩く時の衝撃と階下への振動を吸収するためだと思いますが、車椅子の人にとっては不便です。
 毛足が長い時の応急措置としては、見栄えは悪いですが新聞紙かバスタオルのようなものを敷いて、その上を移動すると幾分か楽です。
 部屋を出る時に不便な時は、フロントに電話をするとサービスマンが来て、ロビーやレストランまで押してくれます。

 他に細かいところでは、照明がベッド上でオンオフでき、しかもスイッチが低いところに付いていることや、ドアがそれほど重くないこと、バルコニーに出られる部屋であれば窓のサッシが埋め込み型であること、などがあります。

 以上、解決できるものとできないものがありますが、それなりのホテルであれば必ず『コンシェルジェ』というサービスのプロがいますので、遠慮なく相談してみることをお勧めします。

 コンシェルジェは、ほとんどのホテルのロビーに窓口があり、『CONCIERGE』という案内板があります。(なければフロントで聞いて下さい)
 タクシーの手配はもちろん、『1人40ドルくらいでおいしい地元料理を19時に3人で食べたい。タクシーで15分以内で行けて日本語の話せるスタッフがいるか日本語のメニューがある店を教えて』なんて難題をぶつけても限りなく要望通りの店を見つけてくれます。

 ホテル周辺や観光スポット、デンジャラスゾーン(危険な地域)などを教えてもらうのもいいですし、とにかく困ったら声をかけるときっと力になってくれます。ただし、その難易度に応じてチップをお忘れなく。






   

アトランタの食事は両極端です! (アトランタ編)
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メドトレード初日の夜、私と社長は米国アクション社のスタッフとディナーということで、雨宮さんや森本さんと別行動になりました。
 この日は、タクシーで15分くらいのところにある『KYMA』というギリシャ料理のレストランへ行ったのですが、これは美味しかったです。

 そもそも、かつてギリシャ料理などというものは食べた記憶がなく、おそらく今回が初めてだったと思いますが、どこがどうギリシャ料理なのかと聞かれると答えられないというのが正直なところです。その点、和食や中華料理ほど分かりやすい料理はありません。どこの国に行っても中華料理店だけはほぼ例外無くあり、どうしてもその土地の料理が口に合わない場合の緊急避難所のようなものです。(笑)


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ところで、アメリカの料理は日本人、と言うより観光客にはあまり評判が良くありません。アメリカ料理店というものを聞いたことがありませんし、アメリカ発の料理で頭に浮かぶのはせいぜいハンバーガーやコーンフレッグくらいです。
 もちろん、ステーキやフライドチキンなどもありますが、これらは万国共通で何もアメリカ特有の料理ではありません。

 これはかなり主観が入りますが、目覚ましい発展を続け世界の超大国になったアメリカという国の文化は、効率性を重視しまくったのではないかと思うのであります!和食のように手間隙かけて料理の下ごしらえをしたり、客をもてなしたり、見た目にも美しい盛り付けをするよりは、如何に限られた時間で作業効率を上げるかに徹底したような気がします。


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聞いた話ですが第二次世界大戦中、圧倒的な攻撃力をもったゼロ戦は乗りこなすために十分な訓練・鍛錬が必要だったそうです。そのため一人のパイロットが育つためにとても時間がかかりましたが、それに対してアメリカは初心者でも乗りこなせる飛行機の開発を重視したそうです。
 その結果、日本と比べてとても短い時間でパイロットが"完成"した訳です。
このような流れは企業経営でも活かされていて、例えばマクドナルドでは入社したばかりの新人でもマニュアル通りにすれば経験や勘に頼らなくても、入社初日から同じ味のハンバーガーができるように工夫されています。これを『業務のマニュアル化』と言いますが、だからこそ早いスピードで人材が育ち、店舗を急増することができるのです。

 日本の場合はどうでしょう?今でこそ日本でもこのような『マニュアル化』が当たり前のように進められていますが、例えば味自慢のお寿司屋さんやラーメン屋さんの多くは、今でも簡単に"秘伝"を教えてはくれません。皿洗いや掃除などの修行から入って、運が良ければ2、3年で厨房に立たせてもらえます。そして店主から認められて秘伝を教えてもらうのに更に数年。暖簾分けなどは、まだまだ遥か先の話です。


at-ph-a.jpgだからこそ伝統の味が守られている訳で、精神を尊ぶ東洋人と実益を重んじる西洋人の文化の違いかもしれません。もちろん、どちらが良いとか悪いとかといった問題ではなく、お互いを認め合って・・・・・、ん?書いているうちに、なんでこんな話題になってしまったのか自分でも分からなくなってきました。すいません、話を戻します。

 つまり、ギリシャ料理はとても美味しかったわけで、何が美味しかったと言いますと、一様にどの料理もですが特に巨大ロブスターは絶品でした。料理は全般的に魚料理がメインのようで、その点でも日本人向けです。
 巨大ロブスターが出てきた時は、その大きさ故にかなり淡白な味を予想しましたが、口に運ぶと驚き!ダイナミックな歯ごたえと意外と繊細な味!そして素材の持ち味を100%以上に高めるソース!なんだか料理の鉄人の試食コメントみたいになってしまいましたが、でも正にそれほど美味しかったのです。
 という訳で、アメリカは美味しい料理とそうでない料理が両極端というお話でした。

 そうそう、さっきの脱線のついでですが、料理の鉄人と言えば神戸では年に一回新神戸オリエンタルホテルで中華の鉄人"陳健一"さんと、フレンチの鉄人"坂井宏行"さんが、実際に料理をつくるディナーパーティーがあります。超巨大画面にテレビさながらホテルの厨房で料理する両氏が実況アナウンス付きで映し出され、できたての料理がテーブルに運ばれてくるのですが、まるで客全員が料理評論家にでもなったつもりで頷き、首を捻り、『ほぉー』と呻きながら食べる、楽しい催しです。毎年2月か3月頃にしていますので、宜しければ神戸まで遊びにいらして下さい。




   

地下のレストランはおいしいけど失敗! (アトランタ編)
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米国アクション社のスタッフは、ドイツの展示会から帰国早々に私たちに会うために1泊だけアトランタに来てくれていましたので、メドトレード2日目にはブースに必要最小限のスタッフを残してメリーランドに帰っていきました。

 そこで2日目のディナーは、雨宮さんや森本さん夫妻を誘ってステーキ専門店に行くこととなりました。『ハイグランド』というレストランで、ホテルで予約を取っていたのですが、ここで大きな失敗をしてしまいます。
 タクシーで7、8分くらいの所ですが、到着してびっくり!レストランは地下だったのです。おまけにエレベーターがない!


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森本さんが車椅子なのを知っていて、予約の時にレストランの階やエレベーターの有無を確かめなかった愚かさ・・・。アトランタほどの大都市にあるレストランならエレベーターは当たり前、と油断していたツケです。
 幸い、私と社長と雨宮さんがいましたので皆でヨイショして店に入りました。

 中はかなり暗く、まるで西部劇に出てくるような雰囲気のお店です。ほぼ満席状態ですが、日本人客は私たちくらいで、あとはすべて地元の人のようです。
 ステーキレストランですので当然ステーキを注文したのですが、予想通り巨大ステーキが運ばれてきました。日本で食べるステーキの倍くらいボリュームがあり、恐らく350gくらいはあると思います。味わって食べる日本のステーキに比べて、大胆に食べるステーキといった感じです。


今までの経験から、サラダやスパゲティなどのサイドオーダーは量的に注文しない方が無難と踏んでいたのですが、それにしても予想以上の大きさでした。結局、食べきれた人は一人もおらず、勿体なくも全員が残してしまいました。


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味はアメリカ的とでも言っておきましょう。美味しかったことは確かなのですが、日本のステーキと違った美味しさなのです。日本のステーキは特にサーロインの場合、肉汁を逃がさないように焼きます。また、但馬牛や松坂牛などの高級な霜降りステーキはとにかく柔らかいですよね。ところが今までに食べたアメリカのステーキはすべて分厚く、しかも網焼きなので肉汁はほとんど残っていません。よってかなり硬めなのです。
油分が少ないだけに健康的と言えますが、その反面もともと欧米人に比べて少食の東洋人にとっては、量的にサラダやポテト、パン(ライス)、スープ、デザートといった他の栄養源を食べる余裕がなく、結果的に栄養が偏ってしまうかもしれません。教訓は『ステーキは2人で一人前とし、その分、野菜や穀物を摂るべし』です。

 ちなみに、もしも量的に全部食べられる大食いの人がいたとしても、鮫やワニ並みに顎が強くないと、多分最後は疲れて噛めなくなってしまうでしょう。私たちがそうでしたから・・・。(笑)





   

ワールド・オブ・コカ・コーラ見学 (アトランタ編)
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メドトレードも2日間たっぷり見学するとほぼ100%見落としもなくなり、優れた商品を展示してあるブースでの商談も順調に進みます。
 そこで3日目の今日は、最終チェックということでスーツではなくカジュアルウェアで会場に向かいます。

 私は道中記ニュールンベルグ編でご紹介したように、数年前までは現地3泊くらいでビッシリのスケジュールを組み、展示会場とホテルだけの往復をして展示会と商談が終わると一目散に帰国する、という出張をしてきました。それでこそ"ビジネス戦士だぁ"と奮い立っていたのですが、あることがきっかけで自分の見識や洞察力、経験、知識、その他もろもろを高めるために、『有駄有駄(うだうだ)タイム』を設けることにしました。
 町の商店街や公園を探索して流行や文化を感じたり、美術館や博物館で教養を高めたりするための時間を半日くらいもつというもので、無駄と言えば無駄ですが、決して無駄ではない。それが有駄有駄タイムなのです。


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先に言い訳をしておいたのですが、つまりカジュアルウェアで展示会場に向かったということは、アトランタで数時間の有駄有駄タイムを取るつもりだったからです。過去に2度アトランタへ来たことがありますが、いずれも過密スケジュールでしたので街を観てアメリカを感じるというようなことはできませんでした。そこで今回は、世界の清涼飲料水の45%という圧倒的なシェアを誇るコカコーラの記念館『ワールド・オブ・コカコーラ』と、アトランタの代名詞でもある『アンダーグラウンド・アトランタ』に絞って見学を企てていたのです。

 この"特殊任務"には森本さん夫妻も賛同で、午前中いっぱいは最後の総仕上げとばかりにメドトレードをゆっくりと回り、抜け目や見逃しがないことをチェックすると3人で会場を後にしました。
 メドトレードの会場であるワールドコングレスセンターからワールド・オブ・コカコーラまで1.8Kmくらいでしたので、街並みを観ながら歩いて行きましたが、途中でどう見てもスラム街としか思えない一画に紛れ込んでしまい、3人とも顔を引きつらせながら足早に進みました。


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たったの100ドルで人殺しを引き受ける人がそこら中にいる国、アメリカ。昼間でも怖いものは怖いのです。特にビデオカメラやポーチといった金目のものを持った日系人ですから、通りにたむろする彼らのうちのたった一人でも"その気"になったら、私たちの人生はジ・エンドです。今思い返すと、もしかしたらスラムでも何でもなかったのかもしれませんが、次回のために地図に要注意地区としてチェックをしたことは言うまでもありません。

 そんなこんなで、無事ワールド・オブ・コカコーラへ到着したのですが、観光客でごった返しているかと思いきや、意外とがら空きでした。まぁ、シーズンオフのしかも平日なのですから、よく考えればそうかもしれません。
 もう一つの思い違いは、入場料がいるということです。世界有数の巨大企業であり、自社の広告宣伝的な意味合いの強い施設なのでてっきり無料かと思っていたのですが、ちゃっかり有料だったのです。ここまで来て引き返す訳にもいかず、6ドルを払って3人で入場しました。まぁ有料とは言ってもコカコーラ飲み放題ですし、話のネタになりますので良しとしましょう。

 入場するとまず3階までエレベーターで上がって、上から下へ見学していくのですが、まずはコカコーラの製造工場のミニチュア版があり、その周囲に開発と発展の歴史やあの独特な形のボトルの誕生秘話などが説明されています。


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私は若い頃から(今でも若いつもりですが・・・)コーラとかの炭酸飲料はあまり飲みませんでしたが、2階には世界各国で販売されているコーラが自由に飲めるコーナーがあり、利き酒のごとく"利きコーラ"をしてみました。
 国によって食文化が違うせいでしょうか、コーラの味も違うのです。日本で飲むコーラよりもアメリカ国内のコーラはもっと甘いですし、炭酸が強いもの弱いもの、苦味があるもの渋みがあるものと様々でした。

 1階はコカコーラグッズの専門ショップで、キーホルダーからグラスにTシャツ、縫いぐるみにマグネット等々1000種類以上の商品が販売されているとのことでした。

 時間にして約1時間ほどですが、コカコーラの歴史と発展に驚かせてもらいました。最後にコカコーラの清涼飲料水は、世界中で1秒間に約1万本も飲まれていると付け加えておきます。(びっくり!)




   

 -豆知識:コカ・コーラの歴史と偉大さ (アトランタ編)
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コカコーラは1886年にアトランタでジョン.S.ベンバートン博士が水と砂糖、コーラナッツエキスなどを配合して、頭痛や二日酔いの薬として開発したそ うです。何年か全く売れず閑古鳥が鳴いていたそうですが、清涼飲料水としてブームに火がつき成長しました。日本コカコーラの設立が1957年ですから世界 のコカコーラになるまでには随分と時間がかかったようです。



at-ph-25.jpgあの真ん中が盛り上がった独特のボトルは、1915年に裾を絞り込んだロングスカートをイメージしてインディアナ州のガラス製造会社が作ったそうで、そのユニークな形で爆発的に販売量が増えたそうです。







at-ph-26.jpgコカコーラが世界規模で成長した功労者はロバート・ウッドラフという人で、1923年から1950年まで社長を務め、オリンピックのスポンサーになったり、当時としては斬新の6本入りセット販売を行ったりとマーケティングに秀でていたそうです。










   

アンダーグラウンド・アトランタ見学! (アトランタ編)
ワー ルド・オブ・コカコーラの正面にアンダーグラウンド・アトランタの入り口があります。この2つは、観光の上ではほとんどセットみたいなものですので、私た ち3人も当然のごとく立ち寄りました。アトランタを知る人は、アンダーグラウンドを見ずしてアトランタは語れないとまで言います。

at-ph-30.jpg98年に待ち合わせ場所に行くために、通路として地下のアンダーグラウンドを通ったことがありますが、当時すでに1ドルショップな るものもあり、何年も前から流行っていたそうですから日本の100円ショップのルーツかもしれません。大型ショッピングモールであることは間違いありませ んが、当時の記憶ではブランド物を買うというような場所ではなかったと思います。全体的に大人の雰囲気と言いましょうか薄暗く(もちろん演出ですが)して おり、どちらかというと高架下の商店街っていう感じでした。



at-ph-29.jpgさて、ワールド・オブ・コカコーラを出て地下への入り口を探すと、それらしいものがあります。何気なく前の公園で掃除をしていた人に入り口はそこですか? と聞くと、少し唖然としたような表情で『何も知らない海外の人が行くには、あまりにも危険過ぎるよ。行くのなら地上モールにした方がいいよ。』と言いま す。豆知識『アンダーグラウンド・アトランタって?』に書いていますように、1989年の再オープン以来は治安も良く安全のはずなのですが、地元の人がそう言うのと時間的にどうせ全部は見切れないと思ったので、地上モールへと向かいました。




at-ph-31.jpg地上とは言いましても中はまるで地下街のように装飾されており、多くの観光客や地元の買い物客で賑わっていました。地下を通った98年と違い今回は地上モールですが、内容的には同じでやはり高架下の商店街ムードでした。
 日本で昔懐かしの駄菓子屋さんや怪しそうな雑貨屋さん、ガラス細工のお店に路上の似顔絵描き等々、見て回るだけでも十分に楽しめます。  こんなもん売れるの?これ売って利益あるの?なんていらぬお節介ですが、そんな商品を揃えたお店が半数以上といった感じです。だから楽しいのです。

実用性があって誰でも欲しくなるような商品ならデパートに行けばいいわけで、そうではない関西弁で『しょーもない』商品、言い換えれば『見て楽しいガラクタ』を一度にこんなに見られる楽しさを味わうなら、文句なくここアンダーグラウンド・アトランタです。

 ちなみに、地下モールの安全性については、2003年のメドトレードもアトランタで開催されますので、その時までにガイドブックなどで調べて次回訪問時に確かめに行ってきます。







   

 -豆知識:アンダーグラウンド・アトランタって? (アトランタ編)
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アンダーグラウンドっていうと地下って言う意味ですが、なんとなく危なそうな名前だと思いませんか?確かに一昔前は危ない場所だったのです。
60年代くらいは歓楽街として賑わっていたそ うですが、あまりに犯罪が多く物騒なので1983年から数年間閉鎖されていたという'歴史ある'場所なのです。ですがご安心下さい。1989年頃に再オー プンしてからは警備も行き届いており、アトランタの中心であるダウンタウンのそのまた中心にあるショッピングモールとして賑わっているそうです。


at-ph-1816.jpg1837年にこの辺りを起点にして鉄道が発展し、それによって街が繁栄したのですが、今でいう駅ビルができてからはビルの下になった鉄道はアンダーグラウンドと言われ、駅前商店街はこぞって駅ビルの中に移転したのです。しかし、時代の流れで鉄道が郊外に移されると駅ビルも衰退し一時は倉庫としてしか使われていなかったようです。

 前述の通り1989年に中心地の再開発によって地下2階地上3階建てのショッピングセンターとしてオープンしました。
 ワールド・オブ・コカコーラ展示館のすぐそばを始め、あちらこちらに出入り口があります。15,000坪のモールの中にレストランやバー、各種ショップはもちろん、ライブハウスや刺青入れ、似顔絵描きなど様々なお店やワゴンセールがあります。









   

ケンタッキーのカーネル・サンダースさんと遭遇! (アトランタ編)
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今回のアトランタ訪問ともメドトレードとも何の関係もありませんが、前回アトランタに行った時の帰路に珍しい人と会いましたのでご紹介します。
 NW航空の乗り継ぎ待ちをしていた時です。ふっと顔を上げると前方からケンタッキー・フライドチキン(以下ケンタ)のお店の前にあるあの人形と同じ顔、背丈、服装の人がこちらへ歩いてきます。最初は『えー?』と思いましたが、『ここはアメリカ、マニアかなんかでこういう人もいるんだな』と納得しました。

 その後カーネルおじさんは、私が搭乗する飛行機に乗りこんで行きました。たまたま、この時の出張には妻も同行していましたので(もちろん、妻の旅費等は自腹です)、機内で食べる食料を買出しに行っていた妻が戻るとこのことを話し、飛行機に乗りこみました。カーネルおじさんはファーストクラスに奥方様と乗ってらっしゃいました。ゆっくりと横を通過しながら様子を覗うと、あのお馴染みの白い上品なスーツの襟元にはKFCの社章が!そう、ケンタの社章が付いていたのです。

 妻と自分達の席についてから、しばらく考え込みました。かなり昔ですがケンタのお持ち帰り用箱の外側に1950年代に60歳代で創業したと書いてあったのを覚えていたからです。社章は間違いなくケンタのものでしたが、生きていらしたとしても100歳以上のはずで、さっきの人はどう見ても60歳代か70歳代です。『もしや息子さんかも?』と勝手な想像をし、離陸後にそれを確かめるべくファーストクラスまでノコノコと出かけました。失礼とは思いながら声をかけると笑顔で接してくれ、記念写真まで撮らせてもらいました。

 いただいた名刺は正真正銘のケンタの名刺で、どちらかと言うとプライベート用の名刺でしたので役職は分かりませんでしたが、普段から宣伝を兼ねてあの人形と同じ服を着て生活していることが多いそうです。



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話のついでにその時に聞いたことをご紹介します。何でもカーネル・サンダースさんは機関車の機関士に始まり保険外交員や軍人、ガソリンスタンド経営など実に40回以上の転職を繰り返した挙句に、最後に行き着いたのがフライドチキンだったそうです。

 1930年、43歳の時に色々なスパイスと調理方法を駆使してあのフライドチキンを完成させ、当時経営していたガソリンスタンドにレストランを併設してメニューとしたところ、その美味しさで大人気となりました。その後1952年、65歳の時にハイウェイの建設で客数が激減したことでレストランを閉鎖して本格的にフライドチキンのフランチャイズ展開をしました。

 以来、90歳で亡くなるまであの格好で宣伝をしたそうで、私が会ったカーネルおじさんは、その意志を継いでいらしたということです。ちなみに本名はハーランド・サンダースで、1935年に美味しいチキン料理を普及させた功績を称え、州知事から'カーネル'という称号を与えられてからカーネル・サンダースと言われるようになりました。カーネル(COLONEL)って辞書では'大佐'ですが、称号で大佐っていうのも変な話で、もしも違う意味をご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。以上、横道のそのまた横道話でした。





   

アトランタを後にして... (アトランタ編)
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3日間(最終日は有駄有駄タイムを取りましたので、実質2.5日ですが)のメドトレード見学を終え、アトランタを旅立つ日が来ました。
私は例によってメドトレードウェストの情報収集のために、日本までの帰り道の途中にあたるロスとサンフランシスコ、ラスベガス方面に向かいますが、森本さん夫妻も付き合ってくれるということで、雨宮さん、当社社長とはアトランタで別れました。 ロスやサンフランシスコは行くとしても商談と工場見学だけですが、ラスベガスではコンベンションセンターを中心にメドトレードに出展していない掘り出し商品や企業を詮索します。その辺りのことは面白い話ではありませんし、かなり特別なコネクションを使っての情報収集ですのでマル秘とさせていただきます。(笑)

at-ph-33.jpgところで、アトランタからラスベガスへはミネアポリスとロスで乗換えをするのですが、その間の飛行機で少しばかりトラブルがありました。
 前述の『車椅子は機内持ち込み?』でご紹介しましたが、森本さんが自分の車椅子で搭乗することに対して航空会社からクレームが出たのです。

 安全と保安上の問題ということが建前ですが、実際には車椅子が座席通路を通れないということが本音のようです。そこで森本さん、空港係員の前でいとも簡単に車椅子の大車輪を外します。そうすると補助輪が付いていて、自走はできないものの、それだけでも安定した車椅子として機能するのです。
 あまりこのような車椅子を見たことがないのか、空港係員は『それなら良いです』と快く了承してくれました。


at-ph-1833.jpg取り外した大車輪を、フライト・アテンダントの荷物室かどこかに保管してもらわないといけないので、本来は手荷物として別途料金がかかるかもしれませんが、これまでの道中ではすべてサービスとして無料で引き受けてくれました。 また、搭乗前のボディチェックが同時多発テロ以来とても厳しくなっており、時間がかかるので長蛇の列になりますが、私たちは常に最優先で別通路から通過させてもらえます。一つには車椅子の人の負担を減らすためですが、そもそも一般の金属探知機ゲートは、幅的に車椅子が通過できません。

at-ph-35.jpg物凄い混雑をしている通路を横目に通過できる反面、その後のボディチェックはかなり厳重にされます。例えば車椅子のパイプに凶器や火薬を詰めていないか、座面に何か入れていないかなどですが、車椅子の人に限らず全般的に同時多発テロ直後の去年よりも更にチェックが厳しくなったように感じます。
 靴底に火薬を入れて通過しようとした者がいたことから、ほぼ全員が靴を脱がされて調べられますし、とにかく時間がかかります。
ここ数年は、搭乗時間から十分な余裕をもってチェックインすることをお勧めします。

 ラスベガスについては、かなりの情報をラスベガス編に掲載していますので、ご興味がおありの方はそちらをお読み下さい。
 それ以降に完成したホテルや、体験したアトラクション、車椅子の森本さんから見たラスベガスなどについても、ラスベガス編に追加記載とさせていただきますので、是非ご覧下さい。





   

欧米、どこが先進国なの? (アトランタ編)
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実はこの疑問はこの業界(福祉・介護業界)に転職し初めてメドトレードやドイツ、イギリスの福祉機器展の見学に行った時から感じていました。先進国の中でも日本は福祉や介護の面で他の欧米各国より10年以上遅れていると言われています。では、さぞかし欧米各国ではお年寄りや障害をもつ方々に快適な環境(道路や設備、サービスなど)が整っているのだろうと、ある意味で展示会よりもその辺りを勉強したく意気揚々と海外出張に出かけたものです。
ところが実際はどうでしょう?例えばドイツは昔ながらの石畳を残す優雅な街でした。言い換えれば凸凹道で、とても車椅子が走れるような道路ではありません。





at-ph-1882.jpgデュッセルドルフ、ケルン、ニュールンベルグ共に、中央駅は歴史と威厳を感じさせる古い建物でした。言い換えると、エレベーターはおろかエスカレーターさえも目にすることができませんでした。(駅のどこかに在るのかもしれませんが、発見できませんでした)
 日本と違って改札口がないので駅員さんを見かけることもなく、車椅子の人はどうやってホームに上がるのか、今考えると不思議です。

ドイツやイギリスのようなヨーロッパの国々で共通して思うのは、文化をとても大切にしているということです。ドイツ有数の工業都市デュッセルドルフやイギリスの首都ロンドンでさえ、東京やニューヨークのような超高層近代ビルを見かけることはほとんどありません。ほとんどの建物は数十年から数百年前当時の外観を残していることが多く、例えばあの名門中の名門デパート『ハロッズ』の建物も然りです。現地の人に聞いた話では、古い建物の外観を変えたり取り壊したりすることが制限されているとのことです。 建物が取り壊せないために、老朽化に伴う補修費だけでも巨額の費用がかかっているとも聞きました。そのような制限の下で、建物の中だけバリアフリー化するということには限度があります。
 アメリカとて例外ではありません。空港や中央駅などは比較的バリアフリー化が進んでいますが、同じ公共機関でもローカル線や地下鉄はまだまだですし、ましてや町中のレストランや映画館、書店、ガソリンスタンドなど様々な施設をバリアフリー化することは不可能に近い状態です。


at-ph-33.jpg私自身、まだ頭の整理ができていませんので何とも言えませんが、決して歴史を大切にすることが悪いことだと思っているわけでも、車椅子の人の為だけに(決して軽視しているわけではありません)優雅な石畳を平らなアスファルトにすれば良いと考えているわけでもありません。  身近な例では、視覚障害者のために交差点などで設置されている点字ブロックは、車椅子の人にとっては単なる凸凹で邪魔になるそうですし、雨の日などはスリップの原因にもなるそうです。


at-ph-42.jpgある人々には便利でも、ある人々には邪魔になる物。そんな矛盾する物は、私たちの日常にも山ほどあります。今後の福祉環境の充実に大きな障壁になるかもしれない矛盾(=立場の違い)を完全に無くすことは不可能ですが、お互いがお互いの立場を理解し尊重し合った上で、100%満足ではないにしても妥協できるところで解決策を見つけていくことが大事なのかもしれません。

 以上、まとまりのない終わり方になってしまいましたが、バリアフリーとはそれほど複雑な問題を抱えているということでご容赦下さい。
 これをもちまして、海外道中記アトランタ編を終わりますが、今後もアトランタを再訪問した際には新しい情報を追記していきますので、是非またお越し下さい。

 皆様のご健康とご多幸をお祈りしてあとがきとさせていただきます。