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海外道中記
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ドイツ初訪問の不安を胸に... (ニュールンベルク編)
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今でこそニュールンベルクという、いやいや、そもそもアメリカやイギリス、フランスなどに比べるとそれほど日本人旅行者の多くないドイツという国へも"馴 染みのレストラン"ができるほどになりましたけど、私が始めてアルテンプフレーゲ見学のためにドイツを訪問したのは97年です。アルテンプフレーゲは、毎 年3月(例外で5月頃の時もありますが)に開催される高齢者介護専門見本市ですが、約700社が出展しており来場者数は35,000人程度です。ハノー バーとニュールンベルクで交互に開催されていますが、私はたまたまニュールンベルクにしか行ったことがありません。

 97年以来、春のアルテンプフレーゲか秋にデュッセルドルフで開催されるリハビリテーション展『リハケア』を見学することが恒例のようになっています。 資金と体力の両面が元気な年は、春秋両方に行きますが・・・。ちなみにリハケアは約1,000社が出展しており、来場者数は65,000人程度です。リハ ケアの内容についてはデュッセルドルフ編に掲載しますので、ここではアルテンプフレーゲとニュールンベルクに絞って書きます。


nb-ph-a67.jpg当時、私にとってドイツに行くということが初めてでしたのでかなり期待感がありましたが、『英語が通じるだろうか』『治安は大丈夫だろうか』など多少の不安も抱えて出発したのを覚えています。しかし、それは杞憂に終わりました。英語はドイツ人にとっても日本人と同様に、勉強して身につけた'外国語'ですので、逆に分かりやすい英語の人が多いです。




nb-ph-a69.jpg英語と言えば、最も性質の悪いのはイギリス人です。ロンドンで開催された『ナイデックス・ケア』という展示会見学に行った時ですが、どこのブースで説明を 聞いてもとにかく会話のスピードが速い!『もう少しゆっくりと』と言っても『OK!』という返事とは裏腹に一向にゆっくりになりません。日本語を勉強中の 外国人に吉本新喜劇の漫才コンビ大介・花子の花子が喋っているような感じです。挙げ句の果てに『もっと英語を勉強した方がいいよ』と笑われました。いつか彼が日本に来ることがあったら仕返ししてやります。(笑)





   

 -豆知識:ヨーロッパで開催される展示会って? (ニュールンベルク編)
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私が福祉機器展の見学のために訪問したヨーロッパの国は、ドイツとイギリスだけです。デンマークやパリでも展示会はありますが、出展者数と国際的かどうかで判断した結果、現在はドイツだけに絞って見学に行っています。ドイツでは、福祉や介護・医療に関する展示会が毎年3つ開催されています。ここでご紹介するアルテンプフレーゲとリハケア、メディカです。

 アルテンプフレーゲとリハケアは同じような顔ぶれが出展している展示会です。日本で言うと大阪バリアフリー展と名古屋ウェルフェア展のように、開催場所が違うだけで規模や出展企業が同じような展示会です。
 しかし、メディカだけは少し内容が違います。出展社数と来場者ともに5倍くらいの規模がありますので、会場は物凄い大きさです。日本最大の福祉機器展HCRでも出展社は600社くらいですので、メディカの3,500社という出展社数は膨大であることがお分かりいただけると思います。

 ただし、ではメディカを見学するのが最も良いかと言うと、答は否です。
それは、名前が示す通り医薬品から医療機器、病院の厨房用具、洗濯機に至るまで、何でも有りだからです。もちろん、その方面にも興味がある方であれば、すべてを見てまわれる便利な展示会ですが、福祉機器やリハビリに絞って見る人にとっては、会場が大きく人が多く宿泊代が高い展示会です。




   

いざドイツへ向けて出発! (ニュールンベルク編)
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私がドイツに行く時は、以前は日本のJALにあたるルフトハンザ(ドイツ)航空を利用していましたが、最近はいつもKLM(オランダ)航空です。個人的にですがルフトハンザ航空の乗換え地フランクフルトよりもKLM航空の乗換え地オランダの空港の方が好きだからです。





nb-ph-21.jpg乗り継ぎが悪いと、乗換えのために空港で4時間から5時間くらい待たなければならず、オランダの空港の方がショッピングセンターやカジノがあって、時間を潰しやすいのです。ただ、最大の理由はアメリカに行く時に乗るNW航空とKLM航空が提携しているので、マイレージが貯まりやすいことですので、NW航空を使わない人やマイレージを貯めていない方は、どちらの航空会社でもほとんど差はありません。


nb-ph-585.jpg話は変わりますが、01年以降の海外出張はことごとくタイミングが悪いです。アメリカのメドトレード見学に行く1ヶ月前に米国同時多発テロ。それでも強行しましたが、出発3日ほど前に米軍特殊部隊が地上戦に突入するわ、国内は炭素菌がばら撒かれるわで散々でした。翌年も出発間近にバリ島で数百人も死亡する爆弾テロが起きるわ、ソビエトで過激派が800人も人質を取るわで、やっぱり散々でした。(ついてない)
『3度目の正直』になるか『2度あることは3度ある』になるか、運命の03年ニュールンベルクは、結果的に後者でした。出発10日前くらいに、米英軍が国連の承認を得ないままにイラクと開戦してしまったのです。(つくづく、ついてない・・・)
例によってキャンセルが相次ぐ中、またまた強行しました。いくら何でも、戦争反対国のドイツにテロを仕掛けることはないだろう、と言うささやかな希望があったからです。


nb-ph-646.jpgこうして道中記を書いているということで無事帰国してはいますが、"SARS"なる今度は目に見えない病原菌が世界中で猛威を振るっており、ニュールンベルクというマイナーな地方都市にも関わらず、感染者が1名だけとは言え確認されたとのことで、帰国後しばらくは周りから避けられました。(とことん、ついてない・・・・・)
次回のアメリカ出張こそ、安心して出発できますように・・・。


nb-ph-95.jpgいつも思う事ですが、5時間を超えた辺りから時間の過ぎるのが異様に遅く感じます。
 私は体質的にどこででも寝ることができるのでラッキーですが、そうでない人にとっては10数時間座っただけで過ごすのはかなり大変のようです。フランクフルトにしてもオランダにしても、だいたい13時間弱くらいで着きますが、その間に日本で公開前の最新映画が3本くらい鑑賞できるのがせめてもの救いです。

 飛行機に乗っている時に、知っていると便利な話題を一つお知らせします。
フライトアテンダント(昔はスチュワーデスと言われていました)が食事の準備を始めたら、念の為にトイレに行っておいて下さい。食事を客席まで配るためにカートが出てしまうと、通路いっぱいですのですり抜けることが困難ですし、食事が終わると決まってトイレの前は長い列ができてしまいます。もしも不幸にも食事の後にトイレに行きたくなった時は、女性が3人並んでいる列よりも男性が6人並んでいる列の後に並ぶことをお勧めします。女性の場合はお化粧直しの方もいるので、一人で5分くらいかかる人も珍しくありません。
以上、ご参考までに。






   

 -豆知識:マイレージカードって? (ニュールンベルク編)
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マイレージカードは、もはや飛行機に乗るときの常識と言われています。飛行した距離に応じてポイントが付き、そのポイントが貯まると飛行機代がタダになったり、エコノミークラス料金でファーストクラスに乗れたり、チェックインや搭乗が優先的にできたりと良いことづくめです。旅行会社で事前に申し込みができなくても、空港でチェックインの時や機内でも申し込みができてその旅行からポイントは貯まります。入会金も年会費も無料なので入らにゃ損!損!です。

 ほとんどのマイレージカードは有効期限があったり、ツアー旅行や格安チケットだとポイントも少しだけしか貯まりませんので、そうちょくちょくと飛行機に乗る人でなければ特典を使えないままに振り出しに戻ってしまいますが、NW航空のように有効期限がなかったりツアー旅行でも格安チケットでも丸々ポイントの貯まるカードもあります。
 とにもかくにも、絶対損はしませんから取りあえず持つだけは持ってみてください、マイレージカード。




   

プロペラ機でニュールンベルクへGO! (ニュールンベルク編)
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どの航空会社を使ったとしてもニュールンベルクへの直行便はありませんので、乗換えをしなければいけません。
私が初めてプロペラ旅客機と いうものに搭乗したのは、実はこのドイツ行きです。機体が小さいので風の影響を受けやすいのか、上昇時や下降時にはかなり揺れます。1969年にジャンボ ジェット機が世界で初めて飛行し、日本では翌1970年に羽田空港に初めて就航したそうですから、それまではアメリカに行くにもプロペラ機で燃料補給をし ながら丸1日がかりで行っていたとは、当社社長の若かりし日の記憶です。

nb-ph-86.jpgプロペラ機での空の旅は一時間弱ですが、ジャンボジェット機と一味違う乗り心地で良い経験になりました。ドイツ到着はいつも夕方で、タクシーでホテルまで 向かいます。99年と01年は当社営業マネージャーの増田も同行していますが、一人で海外出張をしても何不自由することはないものの、連れがいるとどこか 心強いものです。もっとも、ドイツではコスモ株式会社の雨宮社長(以下、雨宮さん)と現地で合流することが多いですが・・・。



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03年にニュールンベルクに行ったときに初めて気付いたことがあります。
私はニュールンベルクへはプロペラ機(名付けて"ブンブン丸")でしか行ったことがありませんが、てっきりマイナーな"田舎町"なのでジェット機は飛んでいないと思っていました。

ところが、北海道大学工学部助教授の高橋先生もアルテンプフレーゲ見学に来られていたのですが、高橋先生の乗ったエールフランスはなんとジェット機(名付けて"ビュンビュン号")だったそうです。

 高橋先生と言えば日本褥瘡学会の評議員で、床ずれのできる要因とされていたズレを、剪断応力という工学的な見地から研究され数々の実績を残しておられる あの高橋先生です。やはり褥瘡学会の美濃先生と同じくかなりのカメラマニアで、今回の道中記の写真には高橋先生の撮影されたものもたくさんあります。






   

 -豆知識:ニュールンベルクって? (ニュールンベルク編)
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ニュールンベルクは、私にとっても展示会見学で訪問するまでは馴染みのない町でしたが、中世の町としてはとても大きな町だったそうで、当時のカイザーブルク城を中心に教会や城下町などが現在でも残っています。残っていると言うよりも、ニュールンベルクでは東京やニューヨークで見るような近代的ビルの方が皆無で、町全体が中世時代そのままを再現しているような所です。



nb-ph-66.jpg人口は約50万人で、数百年も昔から『世界のおもちゃ箱』として有名です。特に今は懐かしのブリキおもちゃでは世界的に有名な町で、世界最大級のおもちゃ見本市『International Toy Fair』が開催されることからも、その歴史と実績がうかがえます。日本ではマイナーな町ですが、訪問すると様々な人種の人が観光に来ていて、年間の宿泊日数が100万を超える観光都市という情報に納得します。
もう一つニュールンベルクで有名な話題に『マイスタージンガー』というものがあります。直訳すると『職匠歌人』で、ガイドブックにも『ここは職匠歌人 ○○○の活躍した家です』などとよく書いてありますが、残念ながら未だに何のことかわかりません。ただ、代表的な職匠歌人ハンス・ザックスが『4,000を超える歌と劇200作、謝肉祭劇85作を創作した靴職人詩人』と紹介されていますので、多分何かの技術職をしながら歌人でもある人のことではないかと思いますが、もしも正しいことをご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。


nb-ph-112.jpg最後にニュールンベルクを語るに避けては通れない話題として、ナチスドイツとの関係があります。1935年にユダヤ人から市民権を取り上げた悪法『ニュールンベルク法』が作成された町ですし、ナチス帝国の財宝が保管されヒトラーがこよなく愛したニュールンベルクは、当時『隠れ首都』と呼ばれていたそうです。もっとも、そのような歴史も今では風化しつつあり、現在は陽気なドイツ人と訪れる観光客とで大いに賑わう楽しい町です。





   

ホテルに到着!いざ夕食へ! (ニュールンベルク編)
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ホテルに到着したのが18時頃なので時間的にちょうど良く、チェックインを済ませるとそのまま夕食に出かけます。日本で言う居酒屋のようなお店かレストランですが、私はほとんど酒を飲まない(飲めない?)タイプですので、一人の時はついつい入り易い中華料理店かホテルのレストランばかりになってしまいます。酒の飲める連れや雨宮さんがいると、一人では入らないようなお店に行くことができるので、正に"旅は道連れ"です。(笑)
ニュールンベルクは、前述のように日本人にとってマイナーな町ですのでかなり簡単なガイドブックしかなく、店を選ぶ時はいつも一発勝負か以前の記憶を頼りにするしかありません。自社の社員や雨宮さんとだけの時は良いですが、他社の方や高橋先生のような研究者の方、マスコミ関係の方とご一緒の時の方が多く、そういった方はほとんどがニュールンベルクは初めてか2、3回目なので、必然的にレストラン選びは私の"重要な任務"になります。


nb-ph-78a.jpgドイツ料理というのは、かなりコテコテなのです。例えば脂身たっぷりの豚肉(推定300g)と酸味の利いた玉ネギにポテトがたっぷり付いた料理が1人前として出てくるのです。ドイツ料理にはサラダを食べてスープを飲んでメインディッシュを食べてというような概念がないようで、周りを見てもそういった1品とパンで夕食を終えてしまうのです。国民の80%以上が肥満体というのはこの辺りが原因かもしれません。



nb-ph-79.jpg私や増田は食べ物の好き嫌いや食事制限などが全くありませんが、果たして3人の方は大丈夫だろうか?無難なところで中華料理にしようか?などと迷っていましたが、『郷に入れば郷に従え』で大抵はせっかくドイツに来たのですからドイツ料理を味わっていただこうと、ある店に向かいます。(初日ディナーの恒例)。初めてニュールンベルクに来た97年に雨宮さんと行った店ですが、ソーセージはもちろん、結構料理全般に有名なお店です。


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雨宮さんと私の記憶を足せば簡単に辿り着くのでしょうが、雨宮さん不在の時は、いつも裏通りにあるその店へは私の曖昧な記憶だけを頼りに繰り出します。
  しかし、不思議なことに『何となく左』『何となく右』と本能の命ずるままに足を運ばせていると、なんとほとんど迷うことなくその店の前に着いてしまいます。犬の帰巣本能のようなものが私には備わっているのかも知れません。(笑)




nb-ph-9a0.jpgまあ、とにもかくも無事レストランに到着し、その店で最も有名と言われる『ヘムシェ(Hammche)』やソーセージなどを注文しました。『ヘムシェ』は、豚のもも肉を塩漬けし、香草の入った煮汁でじっくりと煮込んだ料理ですが、初めてドイツを訪問した97年に雨宮さんと1人前ずつ注文し、あまりのコテコテさと量の多さに不本意ながら半分くらい残してしまった失敗談がありますので今回は5人で1人前を注文しました。その結果、適量であればとても美味しく気持ち良く食べられる料理であると納得しました。(笑)

 今のところ、ご案内したすべての方に『初めて食べる"これぞドイツ料理"』と初日のディナーを喜んでいただいていましたが、残念なことに03年訪問時にそのレストランは無くなってしまっていました。
 あらゆる情報を駆使して、次の"馴染みの店"を探し回ったことは言うまでもありません。








   

まずは飲み水の確保 (ニュールンベルク編)
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これも97年初訪問での失敗経験で学んだことですが、到着後できるだけ速やかに飲料水を確保した方が良いです。ヨーロッパの水道水は飲めなくはありません が、かなりの硬水です。硬水とはカルシウムなどミネラル分を多く含む自然水のことですが、日本人にとってはお腹をこわすことがありますし、どこの国であっ ても水道水を飲むということは基本的にはタブーです。

そこで飲料水を確保しなくてはいけないのですが、ドイツでは自動販売機などはありませんし、コンビニエンスストアなども極めて珍しい代物です。ホテルのルームサービスで頼むことはできますが、値段が高く炭酸水しかないことが多いです。味のない炭酸水は、私はどうも好きになれません。ヨーロッパでは無炭酸水の方が珍しく、本当かどうか分かりませんが『普通の水にお金を払うのは癪に障るので炭酸水という製品を買うんだ』とアクショングループのドイツ総代理店の人が言っていました。


nb-ph-23.jpg炭 酸水の嫌いな私としては、何としても無炭酸水を確保しなくてはなりません。いつもニュールンベルクで泊まるホテルは中央駅の近くにある、MARITIMホ テルかインターシティホテルですが、97年に2時間くらい中央駅周辺を歩き回ってようやく駅構内のミニコンビニエンスストア(?)に日本でもお馴染みの EVIANが売っているのを探し当てました。ここ数年は海外からの旅行者の要望が多いのか、比較的簡単に売店で無炭酸水を見つけることができるようになり ました。
 ニュールンベルクを訪問される時は、飲料水を空港で買うかホテルに入る前に中央駅付近で買うことをお勧めします。(一度ホテルに入ると、長旅のあとということもあって出るのが億劫になりますから)





   

ホテル、開かずの鍵 (ニュールンベルク編)
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ニュールンベルクで最も宿泊することが多いMERIDIENホテルは、歴史と由緒を感じさせる、誰でも認めるニュールンベルク最高級ホテルですが、料金が少し高めです。
 一方、インターシティホテルはどちらかというとビジネスホテル風で宿泊費は安めです。その最高級ホテルのはずのMERIDIENホテルですが、ルームキーは曲者です。フロントでチェックインを済ませて部屋まで行き、鍵を開けようとするのですが右に回しても開きません。左に回すとなぜか左にも回るのですがそれでも開きません。5分くらい悪戦苦闘したのですが、ふっと横を見ると少し離れたところで増田もガチャガチャしています。部屋番号と鍵をフロントが間違えたのだろうと増田を残しフロントまで戻りました。

ポーターがいましたので事情を話すと付いて来てくれ、手品のように開けてくれました。右に回し切ったところで更にグッと力を入れるともう少し右に回って鍵が開くのです。『みんな開かなくて聞きに来るんですよ』と無邪気に笑う彼に『それじゃあ、フロントで説明してよ』と言いましたが、次に行った時には説明してくれるかどうか・・・。

余談ですが(と言うより、この道中記の大半が余談ですが・・・)、荷物の整理をしているとドアの外でガチャガチャという音。スーツケースを抱えた初老の紳士が悪戦苦闘しています。私が手品のように一瞬で開けてあげたことは言うまでもありません。更に深夜眠りについた矢先に、又ガチャガチャ音で目が覚め鍵穴から覗いてみると、遅便で到着した雨宮さんが悪戦苦闘していました。(笑)




   

 -豆知識:ドイツの治安って? (ニュールンベルク編)
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ドイツを初訪問する際の不安のひとつに治安状態がありました。ベルリンの壁が崩壊し東西の垣根がなくなってから久しいですが、ドイツの景気は決して良くな く失業率も高かったのです。たまたま行きの飛行機でドイツ人と出会いそのあたりを聞くと、ベルリンなどの大都市は場所によっては治安の悪い所もあるが、 ニュールンベルクやデュッセルドルフなどは問題ないとのことでした。最近は物騒になったものの、治安の良い日本と比べると多少の注意は必要ですが必要以上 に警戒して行動範囲を狭めるようでは異国を訪問する意味が半減してしまいます。『夜に人通りの少ない道を歩かない』『荷物から目を離さない』『多額の現金 を人前で出さない』などの日本にいても当たり前の注意をしていれば大丈夫です。疑ってかかると周りの人すべてが盗人に見えてしまいます。

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ただ、ドイツに限らずどこに行くにも共通の注意点をいくつかご紹介します。
まずパスポートを常に携帯することです。国によっては身分証明書がないだけでも不審者として引っ張られてしまうことがあります。ツアーなどで旅行社が全員 のパスポートを一括して預かるケースもありますが、ほとんどはハワイなど日本人中心の観光地です。また、万一の盗難に備えてコピーをホテルの部屋に置いて おくことも大事です。
同様にクレジットカードやなどのコピーやカード会社、日本大使館などの現地連絡先の控えも置いておくようにしましょう。クレジットカードを積極的に使う方が多額の現金を持ち歩かないので良いですが、ごく稀に悪徳業者がいると聞きます。手口としては金額を高めに記入するケースや、奥の部屋にカードを持って行き知らない間に架空の売り上げをでっち上げサインを真似るというやり方などがあります。せめて金額を確認し、自分の目の前でカード読み取り機を通すように要求するなどの対策は必要です。



   

通訳者を探し求めて (ニュールンベルク編)
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私にとってドイツ訪問には大きく3つの目的があります。新商品を見つけることとアクショングループのドイツ総代理店との情報交換、取り扱いドイツ商品の打 ち合わせです。中には日本語はもちろん英語を話せるスタッフすらいないブースや会社もあり、いつも念のためにドイツ語通訳者を手配します。通常の派遣会社 を通すと結構高額ですが、仮にも貿易会社出身の私たちとしては、ありとあらゆる海外コネクションとを総動員し、とうとう格安で優秀な通訳者を探し出しました。(笑)


nb-ph-582.jpgドイツの在日大使館を通じてニュールンベルクの日本で言う商工会議所のような所に紹介してもらったのですが、派遣企業の3分の1程度の金額で優秀な女性が手配できました。彼女はクッシェル和子(以下クッシェルさん)という人で、ドイツ人と結婚してニュールンベルクに住む主婦です。ドイツ語も日本語同様にペラペラですが、 通訳で生計を立てているのでなくどちらかと言うと日本企業の役に立つことを楽しんでいるというような方なので、優秀にも係わらず格安料金なのです。それか らのニュールンベルグ出張では決まってクッシェルさんに来てもらっているのですが、03年訪問時は他にも大きな展示会があったようで、クッシェルさんとス ケジュールが合いませんでした。


nb-ph-1812.jpgそこで、クッシェルさんに信用ある知り合い、ミッチ昌子さん(以下、ミッチさん)をご紹介してもらいました。ミッチさんは、ニュールンベルクの隣町エルラ ンゲンに住んでいて、後ほどご紹介しますが今回の"有駄有駄タイム"(一見無駄にみえて実はとてつもなく有意義な時間の過ごし方)は、ミッチさんの案内でエルランゲンの街を徘徊することでした。



nb-ph-616.jpg数学をお好きな方ならご存知かもしれませんが、『エルランゲン・プログラム』で有名なエルランゲン大学がありますし、その大学病院はこの地方最大級の総合病院として医療の最先端を誇っています。何回もニュールンベルクに来ていますが、ニュールンベルクの街を出たのは今回が初めてです。そもそも、地下鉄や国鉄をフル活用したのも初めてです。ドイツ人でも買い方が分からないという複雑奇怪な切符自動販売機の"扱い方"は、ミッチさん直伝です。



   

アルテンプフレーゲ探索開始! (ニュールンベルク編)
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さて、今日から本格的に仕事の開始です。まずは初日ですので、場内をひた歩きし『これは!』という商品や企業をピックアップします。今までは初日にピックアップをし、二日目と三日目で詳しい説明を聞いたり大体の取引条件を聞いたりして帰国後に最終的に取扱商品とするかどうかを決めていましたが、ここ3年くらいは違ってきています。展示会中に仮契約を結ぶくらいでなければ、帰国してからなどという悠長なことを言っていると、良い商品であればあるほど他社に取られてしまっているのです。

nb-ph-26.jpg特に介護保険の施行が決定した頃から、ドイツの展示会にも日本人の姿が増えてきました。それまでは、ほとんどいなかったのですが・・・。競争が激化している点では各社ともにつらいものがありますが、私にとっては商談スピードが格段に早くなったことと競争心で仕事により一層の気合が入ることで、どちらかと言うと競争の激化は歓迎です。





nb-ph-27.jpgいつもは、通訳の人は二日目からの『本格的商談(?)』でご登場いただきますので、初日は自分たちだけで会場全体を2、3周回りますが、03年はミッチさんのスケジュールの都合上、初日に来てもらいました。ところで、2、3周と言っても海外道中記アトランタ編でもご紹介しました通り、とてつもなく広い会場で一列目を端から端まで行ってから隣の列を端から端まで、の繰り返しですので歩く距離は何キロメートルにもなります。おまけに鞄はカタログやサンプル品ですぐにいっぱいになり、最終的には両手に10kgくらいの荷物を抱えることも珍しくありません。

 皆さん、展示会に行く時は車輪付きの鞄を持っていきましょう!安いものだと7,000円くらいで売っており、いざとなれば帰国前に鞄ごとホテルのフロントから宅配便で日本へ送れます。






   

 -豆知識:ドイツの展示会って? (ニュールンベルク編)
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日本で最大の福祉機器展は秋に東京ビッグサイトで開催されるHCR、米国ではメドトレードショーとは前にご紹介しましたが、ドイツの展示会を抜きには『世 界の福祉機器展』は語れません。2000年くらいまではメドトレードショーに行く日本人は多くてもドイツの福祉機器展に行く人は比較的少なかったですが、 それ以降は『通』の人ほどメドトレードショーよりもドイツの展示会の方を好んで行くようです。理由は私の主観がかなり入りますが、『米国は成熟しきってい るが、ドイツは掘り出し物が埋もれている可能性がある』ではないかと思います。

例えばティルト式車椅子などは日本で紹介される一年前にメドトレードで発表されていましたが、メドトレードはどちらかと言うと既存商品をより便利に、より 快適になど改良した商品が多いです。それに対してドイツの展示会は、例えばアニマルセラピー用の実物そっくりの動物人形など、今までになかったジャンルの 商品がある年に突然出展されているという面白さがあります。
 究極の表現をすると"進化か誕生か"ですが、"進化"も大事なことであるものの"誕生"には夢と楽しみがある、と言ったところでしょうか。


nb-ph-28.jpgさて、肝心の展示会の方ですが、毎年3つくらいは日本に無いタイプの介護用品や面白おかしな商品を見つけます。
たった3つ?と思われるかもしれませんが、介護や福祉業界は欧米各国ではかなり成熟した産業ですので、『今までになかった』や『今までよりも極端に安価に なった』『今までよりも格段に進歩した』などの"金の卵商品"は、そう簡単には出てきません。出てこないので当然、見つけることも困難になります。そのよ うな困難な状況で平均して3つも見つけることができているのは、私はかなり幸運の持ち主だと思っています。(自画自賛ですいません)
ただ、3つほどであれ幸運にも良い商品を見つけることができたとしても、本当の困難はこれからなのです!



   

海外の商取引ってこんなに難しいんです! (ニュールンベルク編)
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例えば、その商品が電気を必要とする物であった場合は、日本と外国では電圧やコンセントの口が違いますので日本用に改良してもらうかアダプターを手配する必要があります。しかし、いずれにしても国内で安全基準の申請をしなければならず、これが申請だけでも最低40万円くらいかかるのです。おまけに回路図なんかも必要で、海外のメーカーによっては企業秘密とやらですんなりと出してくれないこともあります。また、日本用に改良してくれるとしたら、当然その費用を要求されたり最小ロット(1回の最少発注数量)を設定されたりします。つまりその分、初期費用がかかるので結果的には定価が高くなってしまうのです。輸入コストなどをざっくりと計算して初期費用を加えたものが予想原価になりますが、これを基にした予定定価が今ある同等商品と比べてあまりに高いようでは、新商品として成功しないので諦めなくてはいけません。


nb-ph-109.jpg次に色々な権利的な問題があります。名前ひとつとっても商標というものがあり、例えば海外で『アクションベッド』という商品があったとして日本でその名前で売ろうとすると、当然『アクションパッド』で商標登録している当社が『類似する商標を使用した』と抗議をします。そうすると、後から類似する名前を使った会社は全カタログを回収しなければなりませんし、場合によっては賠償責任が生じてしまいます。この一つの商品の商標を登録するだけでも数十万円が必要ですし、その前に類似商標が存在しないかどうかを調べなくてはいけません。他にも機械の構造やアイデア、デザインなどにも特許があり、それらをすべて調べてどこにも抵触しないことを確認しなければなりません。大企業ですとそういった問題を専門に行なう『法務部』が存在しますが、ほとんどの中小企業は専門家に委託します。


最後に商品が日本人向けかどうかという問題もあります。例えば欧米人向けに作られた車椅子は、当然日本人にはサイズ的に大き過ぎます。これでは体が左右どちらかに片寄ったりするなど悪い点が多い車椅子ということになってしまいます。床ずれ防止用具にしても平均体重の重い欧米人向けの商品は、日本人にとって反撥性が強かったり、体重調整をする時に微調整ができなかったりと問題点が多くあります。新規参入してきた企業や、配置換えで福祉事業部に転任してきた担当者が最も陥りやすい罠はこの辺りなのです。
 日本の商品にない特長をもっているとか、新しいジャンルの商品と見るや一目散に飛びつきますが、実際に輸入してお客様の声をお聞きして始めて問題点に気付いても後の祭り・・・。輸入総代理店契約を締結してしまっているので、売れなかったとしても決められた数量を買い取らなくてはならないのです。

 まだまだ輸入や福祉用具に関するノウハウはいっぱいありますが、もしもこれから参入しようとする企業担当者や個人輸入をされようとする方々は、まず国内の既存商品や介護の現場をじっくりと研究し、最低でも上記の点に注意をされた上で海外の商品を選定されることをお勧めします。






   

恐るべし!マクドナルド (ニュールンベルク編)
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経済学を勉強された方であればご存知かも知れませんが、世界各国の物価を知るのにハンバーガーの価格を比べるというユニークな方法があります。題して『マクドナルド指数』ですが簡単に言いますと、世界中のほとんどの国にあるマクドナルドのハンバーガーの価格で物価が高いか安いか計ろうというものです。


例えばニュールンベルクのマクドナルドでビッグマックとポテトM、ジュースM、アップルパイのセットが6.50マルクで売っていましたが、当時のレートで計算すると約480円です。同じセットがアメリカでは5.30ドルで同660円です。と言うことは、アメリカの方がドイツより物価が高いということになる訳です。本来はハンバーガーかチーズバーガー単品で比べるのですが、最近では日本のように単品価格を極端に下げる戦略を使っている国もありますので、私は勝手にどこの国にもありそうなセットで比べています。
別に知っていても知らなくても、或いは知ったからと言ってどういうこともありませんが、単なる話のネタでした。


nb-ph-1808.jpgただ、このような"指数"になるだけでもさすがは世界のマクドナルドですが、実はニュールンベルクで私は、更に凄まじいばかりのマクドナルドの営業戦略を目の当たりにしました!
 それは夕食の量が足りなかったのか、空腹をおぼえたある夜の出来事です。
 日本のようにコンビニがない海外、それもニュールンベルクというマイナーな街でのことですので、思い付いたのはホテルから徒歩5分くらいの所にあるマクドナルドです。 確か21時少し前だったと思いますが、あまり遅い時間まで営業していないのを知っていましたので、急いでマクドナルドへ向かいました。
 思った通り閉店間際で、客は私の前に若い金髪女性がいるだけです。
 バーガーを4つくらいとフライドポテト、ドリンクをそれぞれ2つ、店員が袋に詰めていました。いざ会計の時になって『財布をホテルに忘れたから取ってくる』と言い残して出て行きました。英語を話すところを見ると現地のドイツ人ではなさそうです。


nb-ph-793.jpg私の番になって、ダブルチーズバーガーセットを頼んだのですが、閉店間際でストックがないので5分くらい待ってと言われて待っていました。すると2、3分で金髪女性が戻ってきて『ご免なさい!彼がキーを持って出かけてるみたいだから財布がないの。キャンセルにして!』と半開きの扉から顔だけ出して言うと一目散に走り去ってしまいました。(ただただ唖然・・・)

さて、5分くらいが経って私のチーズバーガーセットができました。
店長と思しき男性が出てきて、
『大変お待たせしました。本当に申し訳ございません』
(へっ?そんなに待ってないよ)
『一生懸命早く作ったのですが・・・』
(分かってるって、一生懸命作ってんの見てたから)
『お詫びに少しサービスさせていただきました』
大きな袋を二つ抱えています。
(えっ?まさか?うそ?)

 そうです。私は金髪女性のキャンセルした分も含めて、バーガー5つとフライドポテト3つ、ドリンク3つを両手に抱えてマクドナルドを後にしました。軽いおやつのつもりだったのに誰がこんなに食べるんだよー!最高に空腹な時でもこんなに食べれないよー!
一人のわがままな金髪女性の機嫌を損ねることもなく、食べ物を粗末にすることもなく、たった5分待たせた客に最高のサービスを提供するマクドナルド。
 恐るべき企業です・・・。





   

地下鉄でGO! (ニュールンベルク編)
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展示会場へはいつもバスでも電車でもなく、タクシーで行っていました。表向きは『安全性を考えて』と言うことにしていますが、本当のところは『よく分かんないから』です。(笑)
日本国内の出張ですら、出張先でバスや地下鉄に乗るということは結構勇気がいります。『○○○行き』と案内板に書いてあっても、それが目的地と同じ方面かどうかも分かりません。それでも乗るとしたら事前に地図などで乗り換え案内を調べているか、いざとなったら駅員さんに聞けば良いと開き直った時です。

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しかし、ここはドイツ。旅行ガイドブックに地下鉄の経路図と乗り換え案内までは載っていませんし、英語の話せる人を探すところから始めなくてはいけません。よしんば英語の話せる人が見つかったとしても、 例えば『8番線から出る網干行きの新快速に乗って、三宮で降りたホームの反対側5番線で快速に乗り換えて・・・』というような内容の英語バージョンを聞き 取れるかどうかという問題点も残ります。



nb-ph-603.jpgそれでついつい、行き先さえ告げると間違いなく送ってくれる便利なタクシーを利用していたのですが、人間、数が集まるとずいぶん強気になるもので、雨宮さ んや高橋先生、増田(当社営業マネージャーです)のように複数の連れ合いが一緒のときは地下鉄を利用します。(もっとも03年以前は中央駅から展示会場ま でだけで、おまけに展示会の入場券に地下鉄フリーパス特典が付いていたので切符を買わなくても良かったですが)ほとんどのホテルはニュールンベルグ中央駅の近辺にありますが、その中央駅から会場まで6駅です。料金は1.8ユーロですから、その時のレートで260円くらいです。タクシーでは確か2,000円くらいだったと思いますので 金額的にお得ですし、それよりもドイツで地下鉄に乗ったという経験がこれから役に立ちます。 ちなみに切符の買い方は、券売機の上から2番目に『メッセ』という表示がありますので、そのボタンを押してお金を入れるだけです。乗り場は地下にある『U1』の2番線です。


nb-ph-780.jpgいくら英語が話せたとしても、ニューヨークで地下鉄に乗る勇気はありませんが、ここニュールンベルク地下鉄は全くもって安全です。地下鉄と言いましても地下ばかりを走っているのではなく、路面電車兼地下鉄といったところです。
乗客も買い物帰りのおばさんやビジネスマン、おしゃれな老夫婦ばかりです。私が子供の頃に日本でも走っていた(今でも広島や大阪では走っていますが・・・)チンチン電車みたいで、何となく温もりを感じます


nb-ph-34.jpg一度乗ってしまうと『外国の地下鉄=危険・汚い』というイメージは吹き飛び、今では少なくともニュールンベルクとデュッセルドルフの地下鉄に関しては『地下鉄=明るい・ほのぼの』というイメージになりました。
ニュールンベルクとデュッセルドルフの地下鉄の安全性は私が身をもって体験済みですので、もしも行かれる機会があれば、是非チャレンジしてみて下さい!(ただし、夜半過ぎは乗ったことがありませんので分かりません。)











   

 -豆知識:保険には加入していますか? (ニュールンベルク編)
海外に出張や旅行で行く時に、絶対に見落としてはいけないのは海外旅行保険です。掛け捨てですのでもったいない気もしますが、それは無事に帰国しての話で す。60歳満期の生命保険に入っていた人が60歳まで入院もなく元気に過ごしたからといって、『生きてて損だった。手術するような病気にならなくて損だっ た。』とは言いませんよね。それと同じです。

nb-ph-36.jpg海外では病院で治療などすると全額個人負担となり、極端には救急車を手配するだけでもお金のかかるケースもあります。
ある旅行会社の情報ですが、孤島のリゾートホテルでリフレッシュ休暇をとっていた旅行者が、持病の心臓発作を起こし意識不明になったそうです。しかし病院 などはなく、急遽チャーター便で一番近い都市の病院へ搬送され一命を取り止めました。問題はそこからです。往復のチャーター便や治療費、入院費、帰国する ための正規運賃等々で、なんと約2,000万円の請求書がきたということです。生命保険に入っているからと安心していたその人、海外では適用されないと聞いて顔面蒼白だったそうです。


nb-ph-37.jpg冗談のような話ですが事実です。一般的な生命保険は海外での治療、入院には使えません。ツアー旅行ならたいていは海外旅行保険が付いているか、少なくとも 案内はしてくれると思いますが、そうでなければ是非、海外旅行保険に入ることをお勧めします。万が一忘れていたとしても、空港カウンターですぐに手配でき ますのでご安心を。また保険の内容については死亡や治療、入院が基本ですが、わずかな金額で盗難や傷害(こちらの不注意で他人に怪我をさせたとか、窓ガラ スを割ったとかを保証してくれます)などもカバーできますので、同じ入るならすべてを包括したパッケージが良いと思います。

 最後にお持ちのクレジットカードによっては、海外旅行保険が自動的に付いているものもありますが、注意が必要です。旅行費用をそのクレジットカードで事前に支払っていなくては使えなかったり、盗難や傷害は対象外であったりということがあります。また、保証金額が十分ではなかったり、新規にカードをもってから一ヶ月は対象外などということもありますので、十分にクレジットカード会社のサービスセンターで説明をお聞き下さい。
 では、安心のできるご旅行を。





   

「アイムソーリー」と「エクスキューズミー」の使いわけ (ニュールンベルク編)
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日本でも英語がカタカナ語として使われるように、ドイツでも誰でも知っている英語があります。例えば『アイム・ソーリー』や『エクスキューズ・ミー』などもそうですが、日本人が使い方を最もよく間違える英語のひとつでもあります。
一般的には、人にぶつかったり邪魔をしてしまったりしたように自分に悪いところがある時に『申し訳ありませんでした』的に使うのが『アイム・ソーリー』 で、道を空けてもらう時や道を尋ねる時などに『恐れ入りますが』『ちょっと、すいませんが』的に使うのが『エクスキューズ・ミー』です。

ところが日本人はなぜか、何でもかんでも『アイム・ソーリー』を口癖のように 言ってしまう傾向があるそうです。道を訊くにも『アイム・ソーリー』、エレベーターのボタンを押してもらうにも『アイム・ソーリー』・・・。言われた方は キョトンとしています。『アイム・ソーリー』と声をかけられると、例えばアイスクリームを服に付けられたとか、靴を踏まれたとか何か"危害"を加えられた と思うからです。ところが、その後に続く言葉が『中央駅はどこですか?』であれば、なおさら『そこまでオドオドしなくてもいいのに・・・』と思われてしま うわけです。

確かに日本語では、悪いことをした時も『すいません』ですし、人に話しかける時も『すいません』ですので間違いやすいですが、簡単に憶えて下さい。自分が悪いことをしたり、非がある時は『アイム・ソーリー』。それ以外に話しかけるときは『エクスキューズ・ミー』です。

 では模擬練習です。瞬間的に答えて下さい。(1)ホテルのボーイさんに話しかける時は? (2)タクシーの運転手さんに前に見える建物が何か聞き たい時は? (3)ホテルのロビーで同席の人に煙草を吸っても良いか聞く時は? (4)お巡りさんに道を尋ねる時は? (5)レストランのボーイさんに注 文をお願いする時は?
 引っ掛け問題ですいませんでした。答えは全部『エクスキューズ・ミー』です。






   

こんなずるい会社はやっつけろ!PART1 (ニュールンベルク編)
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日本は皆さんもご存知のとおり、急速な高齢化社会を迎えようとしています。平成27年に全人口4人に1人が65歳以上と総務庁が予想を発表しておりましたが、少子化の進行もあって実際の高齢化スピードは予想よりも早く進んでいます。
そのため、介護・福祉分野はここ数年とても注目を浴びています。『数少ない儲かる業界』としてこぞって他業界から進出してきているのです。これは、業界の活性化のためにはとても良い現象です。大資本の会社が参入することで、今までの福祉業界企業ではできなかった『お金のかかる開発』が進められたり、『お金のかかる販売戦略』によって良い商品やサービスが短時間で普及するからです。しかし、良いことばかりではありません。悪いこともあります。

急速に成長する業界はIT関連がそうであったように、必ずどこかでしわ寄せがきます。
十分な研究をせずに商品化したり、利益重視というより利益だけを追求する企業が出てくるということです。
 十分な研究をせずにうわべだけ似た商品を低価格で発売するとどうなるでしょう。例えば『床ずれのできる床ずれ防止用具』を買わされる人がたくさん出てくるということです。その結果、それを買わされた人は『床ずれ防止用具は駄目だよ』という判断をしてしまいます。数年前までは誰も見向きもしなかった福祉・介護業界で、細々とではありますが一生懸命研究開発に取り組んできた優良企業の良い商品まで同じ判断をされてしまうのです。


nb-ph-35.jpgしかも、そのようないい加減な姿勢で参入した企業は、売れないとみると1年か2年ですぐに撤退してしまいます。残されたのはそのジャンルの商品すべてに与えられた悪い評価と、満足に保証を受けられなくなった購入者の方々です。
このことは私の意見というだけでなく、様々な関係者(一般の方、病院・施設関係者、業界関係者、業界紙記者等)の間で最も憂慮すべきこととしてよく話題に上がります。  もちろん、このような企業は極々一部ですし、そのような企業の中にも『これではいけない』と孤軍奮闘している人も多くいます。一部の役人や警察官の不祥事で役人や警察全体に不信感がつのるご時世ではありますが、消費者の皆さんも商品やサービスの関する疑問点やご不満はその企業にお寄せいただければ、その企業にとっても再生のチャンスとなるので、是非お願い致します。

   

こんなずるい会社はやっつけろ!PART2 (ニュールンベルク編)
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PART1では十分な研究をせずに商品化したり、すぐに撤退してしまう企業のことを書きましたが、実はこれよりももっと悪質な企業もあります。前者は意図的にしている企業であれば消費者を裏切る行為ですが、結果としてそうなってしまったというケースも多くあります。
例えば自社の開発スタッフとしては十分に研究したつもりだったが、もっと研究している人からするとまだまだ不十分であったという場合もあれば、本業の業績悪化でやむなく撤退ということもあると思います。
PART2でご紹介するのは、裁判で言えば『情状酌量の余地なし』というケースで、同じ業界の私たちですらかばうことはできません。

 私がニュールンベルクで開催されたアルテンプフレーゲへ2度目の見学に行った時のことです。ヨーロッパで非常に高い評価を受けているにも関わらず、日本では全く普及していない、そんな逸品がありました。詳しく話を聞こうとドイツ人担当者探すと、日本人の先客がいました。
その日本人の話が終わるのを待って担当者に話し掛けると、『申し訳ない。さっきの日本人は★★★会社(誰でも知ってる大企業です)の人で、口約束だけど日 本の市場はすべて任すことになった。後日正式に契約をするけど、日本でうちの商品を売ってくれるのなら★★★を通して下さい』とのこと。

 それでは、とさっきの日本人を探すと、あまり時間が経っていなかったのですぐに見つかり『私もとても良い商品だと思いました。弊社の販売ルートで紹介していきたいので、取引条件を教えて下さい』と言うと、ニコニコ笑いながら耳を疑うような一言。
『日本で販売する気は全くありませんよ。』『・・・。えっ?』聞き返すと、『うちが部品を収めているメーカーが同じような商品を開発中で、それが完成する までにあんな良い商品が売り出されたら困るんですよ。3年間の総代理店契約を結んどいて一切売らないの。そうすると、その間にうちの取引先メーカーの商品 が完成するでしょ。その商品が十分に売れるようになってから、さっきのドイツメーカーには頑張ったけど売れなかったよって言って契約解除するわけ。誰でもやってるよ。』

 この会話を録音しているわけでもないので、私が今さら問題提議しても国会のように言った言わないの泥試合になるだけです。
ですが、『うち以外に商品を流すんだったら、うちは一切やらないよ。うちの会社の規模を知ってるでしょ?うち1社にすべて任せなさい。悪いようにしないか ら・・・。』こんなやり取りがあったようです。ドイツ人担当者は、その日ビッグな商談がまとまったということでとてもハッピーな気持ちでいたでしょう。あ るいは、増産体制の検討を始めていたかも知れません。



その悪い日本人は★★★会社の海外駐在員とのことでしたが、あるいはその会社の中ではとても高い評価を受けている人かも知れません。競合商品の日本参入を阻止したのですから・・・。
ですがその結果、日本に悪い印象をもつドイツ人が少なくとも一人増えたということと、日本に欧米各国の優れた介護用品が普及するチャンスを奪ってしまったという事実は残ります。同じ日本人として改心を望みます。

 1999年3月の出来事ですが、現在のところ日本の企業からそのような商品が発売されている様子はありません。




   

懐も外も寒いです... (ニュールンベルク編)
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私の場合、基本的には海外では現金を持ち歩かない主義ですので、そもそも日本を出国する時にそれほど両替をしません。もっとも、現金で支払うのはタクシーや地下鉄に乗る時や、コンビニエンスストアーで飲料水やパンを買う時くらいで、それ以外はたとえ1,500円くらいのランチでもカードを使いますので、それほど必要ではないのですが・・・。

 しかし、やはり手持ち現金が少なくなってくると、いささか漠然とした不安感をもってしまいます。今ではクレジットカードさえあれば、近くの銀行に行けばキャッシングもできますが一昔前はそれができず、もしも海外出張中に手持ち現金がなくなれば近くの銀行で口座を開き、日本からその口座に送金をしてもらわなければならなかったので、その当時の記憶がトラウマになってしまっているのかも知れません。

 ところでニュールンベルク滞在も数日を過ぎると懐も寒くなりますが、実はこの時期、気温もまだまだ寒いのです。アルテンプフレーゲの開催は毎年3月か4月頃とは前述の通りですが、日本では春なのにニュールンベルクは終わりかけとはいえ冬なのです。前回の訪問は3月下旬でしたが、寒い日で氷点下、暖かい日でも8度くらいでした。初めてニュールンベルクを訪問した97年は、気温チェックをせずに軽装で行きましたので凍えそうになりました。(笑)
 それからは、海外出張はどこに行くにもインターネットで、現地の直近1週間の平均気温を調べることを忘れません。去年ではありません。直近が大事です。皆さんもインターネットで訪問都市名と『平均気温』で検索すると、必ず出ていますので確認して下さい。

   

初訪問!隣町のエルランゲン (ニュールンベルク編)
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今回の出張で通訳をお願いしたミッチさんがエルランゲンにお住まいとは前述のとおりですが、3日目にエルランゲンを案内していただくことになりました。
 エルランゲンには、この地方で最も古い歴史をもつエルランゲン大学があり、学生たちで賑わっているそうです。大学には、最新の設備を誇る大学病院もあり、そこを見学することが主な目的ですが、もちろん大学病院までの道のりを闊歩しながら景色と情緒、文化を見て感じることができる楽しみもあります。
そもそも、デュッセルドルフ出張の時はケルンまで足を伸ばしたことがありますが、ニュールンベルク出張の時は町から一歩たりとも出たことがなかったもので、ニュールンベルク以上に日本人にとってマイナーなエルランゲンという街を訪問できることに密かな楽しみを感じていました。

 ところで、このエルランゲンという街は、実はこの出張の2ヶ月ほど前から名前だけは知っていたのです。


nb-ph-654.jpg国内有数のバルーンメーカー(伸栄ゴム株式会社)社長の矢部さんという方が、初めてニュールンベルクに出張するということで、情報を集めるためにネットサーフィンしたところ、たまたまこの道中記に辿り着き『なかなか面白い』と私にメールを下さったのです。しばらくメールのやり取りをしていましたが、いよいよ私より一足先に矢部さんはニュールンベルクに出発です。



nb-ph-645.jpg矢部さんは、私の見学した福祉機器展示会アルテンプフレーゲの2ヶ月ほど前に開催された世界最大級の玩具展示会『インターナショナル・トイショー』に行かれたのですが、ニュールンベルクからもメールが届き、道中記を現地で作りアップしているとのこと!これがまた面白い!私の道中記は、会社のサイトに掲載していますので心ならずも少し硬めに書いていますが、矢部さんの道中記はそんなことお構いなしの状態で、とにかく腹を抱えて大笑いです。
 内容的にはかなり深刻で悲惨な出来事ばかりなのですが、矢部さんの人柄でしょう、常人では立ち直れなくなりそうな数々の試練を、まるでそう感じさせず(と言うより、矢部さん自身が悲劇を結構楽しんでたりして・・・)喜劇のように表現しています。
嫌なことがあったり、腹を抱えて大笑いしたい時にお勧めです。
のぶさんのニュールンベルグ紀行 http://www2.ocn.ne.jp/~balloons/report/index.htm

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で、その矢部さんが泊まった街がエルランゲンなのですが、どうやらニュールンベルクのホテルが満杯で隣町になったそうです。
エルランゲン大学視察という本来の目的よりも、矢部さんの道中記で笑い転げたエルランゲンという街を見てみたいという思いの方が強かったかもしれません。



nb-ph-615.jpgエルランゲンまではニュールンベルクからDB(ドイツ国鉄)で20分くらいですが、切符の買い方はミッチさんに教えてもらっていたので安心です。
券売機で上から7番目のボタン(Tages Ticket Plus)を押して、数字キーで『4000』を押すと買えます。料金は8ユーロですが、機械的に訳も分からずキーを押して買うのは結構みじめでした。
ただ、ドイツの鉄道は街によって様々な割引サービスとかがあって、そのために買い方が複雑奇怪になっているとのことで、私が買う前に券売機の前で棒立ち状態で悩み、結局買うことができなかった若者がドイツ人だったと知って心が晴れました。(少し離れて高橋先生と大爆笑しちゃいました)




nb-ph-626.jpgエルランゲン駅でミッチさんが出迎えてくれ、3人でバスに乗って大学まで行きました。大学病院の話は退屈なだけなので省略します。 このバスに乗るという単純な行動も、ミッチさんがいたからできたことで、高橋先生と二人ならとてもじゃありませんが何系統のバスに乗ればいいかなんて分かるはずもありません。



nb-ph-638.jpg大学と大学病院見学が終わると、少し時間があったので歩いてエルランゲン駅まで戻りましたが、途中で1723年創業のこの地方では最も由緒のある喫茶店『Cafe Mengin』に立ち寄りました。







nb-ph-661.jpg建物も150年以上前のものでバームクーヘンがとても美味しい店です。バームクーヘンと言うとドイツが本場のはずですが、思い起こせば今までニュールンベルクでもデュッセルドルフでもバームクーヘンを見たことがありません。ミッチさんによると、作るのにとても高い技術がいるので、バームクーヘンを売るお店はあまりないとのことでした。意外でした・・・。そんなバームクーヘンを日本に普及させたユーハイムに脱帽。









   

お教えします!あれば便利な小物一覧! (ニュールンベルク編)
これは国内外を問わず、旅行によく行かれる方にとっては当たり前の小物ばかりですが、あまり行かれない方のために、意外と忘れがちな便利グッズをいくつかお教えします。順不同で思いつくままに書きますのでご了承下さい。

 まずスリッパです。これは飛行機の中でまず活躍します。ちょっとお手洗いへ、といった時などに便利ですし裸足で床に足をつけるのはちょっと、とい う方にも便利です。また、足がむくんでくるとピッタリサイズだったはずの靴は、いつの間にかキツキツになりますので、そんな時にもスリッパは重宝します。そうそう、余談ですが長時間のフライトの時は、足がむくんでも良いように伸縮性に富んでいる靴をお勧めします。硬い革靴などでは最悪の場合、着陸した時に足が入らないこともあります。
 話を戻しますが、スリッパの最も重宝するのはどこだと思いますか?意外や意外、ホテルの部屋なのです。日本ではほとんどのホテルにスリッパがあります が、逆にほとんどの海外のホテルにはスリッパがありません。これは不便です!部屋でくつろぐにも靴を履いたままなのですから・・・。お勧めのスリッパは、 飛行機内にも持ち運べるようにサンダルのような底の厚いものではなく、薄っぺらなものです。飛行機会社によっては機内サービスでスリッパが付いている会社 もありますので、その時は忘れずにそのスリッパを持って帰りましょう!


nb-ph-99.jpg 次に常備薬です。特に必要なのは風邪薬と食あたりの薬です。99年のニュールンベルク出張では、私も日本との気温差のせいか到着翌日に風邪をひきま した。喉と関節は痛むわ熱は出るわでコンディションは最悪でしたが、高い費用を会社が負担して出張していますので休むわけにはいきません。特に次の日はド イツのバスリフトのメーカーの人がわざわざ3時間も高速道路を飛ばしてホテルまで来てくれる日でしたので、気合を入れて寝る前に風薬を飲みました。ひき始めだったせいか、翌朝には喉の痛みは少し残ったものの、熱は下がっていました。
 もしも風薬を持っていなければ薬局で買うわけですが、ピリン系なのか非ピリン系なのか等の"超難解医学用語"が話せず聞けずですし、一般的に海外の薬局 はそのような問診ができない客には、なかなか薬を売ってくれません。もしもアレルギーや用量・用法の間違いでお客にもしものことがあれば責任問題ですか ら・・・。かと言って、医者に行くと日本のような医療保険が利きませんので、風薬ひとつで何万円も取られてしまいます。ですから、普段の常備薬は必要なのです。

 意外と便利なのはタオルです。私が行ったことのあるアメリカ、ドイツ、イギリス、オーストラリア、韓国、台湾のホテルに限っては、なぜか"分厚く 短い"浴室タオルしか無かったのです。分厚いので泡が立ちにくく、短いので体の硬い私にとっては背中を洗うことが至難の業でした。
  『もしかしたら、そもそも海外ではホテルに宿泊する時には"マイタオル"を各自が持参しているのかもしれない』、『いや、映画であるようにタオルは使 わず、手に石鹸を付けて洗うのかもしれない』。色々と推測しましたが答はわかりません。ただ、日本式に隅々まで綺麗に体を洗うには、日本からタオルを持参 するしかありません。

 そうそう、非常用食料も私にとっては必需品です。非常用と言っても何も災害用ではありません。基本的には食べ物の好き嫌いがない私はどの国に行ってもその国の食べ物を食べますが、時差の影響か夜中に凄まじい空腹に 襲われることがありますし、無性に味噌汁とご飯が食べたくなることもあります。そんな時に問題を解決してくれるのはインスタントのヌードルや味噌汁、ご飯 なのです。もちろん、それらを食するためのお箸や、同じように熱湯だけで日本の食文化を思い出させてくれる緑茶パック、すべての国の料理に合う醤油も忘れ てはいけません。

 最後にもう一つ、目覚まし時計があります。日本ではほとんどのホテルが部屋の電話でモーニングコールを自分でセットできますし、ベッドサイドには 目覚まし時計も付いています。ところが、海外のホテルではそれらが無いことも珍しくないのです。かなり上のレベルのホテルですらベッドサイドの時計が壊れ ていることがあります。もちろん、サービススタッフに電話をしてモーニングコールをしてくれるよう頼めば良いのですが、人に起こしてもらうということは自尊心を傷付けられるという人や、私のような二度寝主義者の人は、"マイクロック"の持参をお勧めします。





   

出張には"うだうだ"も必要です (ニュールンベルク編)
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私は30歳の時に色々と思うところがあって、外資系コンピューター企業のSEから今の介護業界に転職しました。それから一年後の95年にアクションパッドを主力商品とする当社を設立し現在に至っているのですが、もちろんのことながら設立当時はがむしゃらでした。海外出張も大事ですが、その数日間日本の現場を離れることも時間が惜しく、片道20数時間かけてドイツまで行き現地2泊でUターン帰国が当たり前でした。良く言えば全く無駄がない、悪く言えば余裕が無いという状態です。
 これは国内の出張でも同じで、私以下すべての営業スタッフが早朝から深夜まで分刻みでスケジュールを入れ、ハードな業務をこなすということに自己満足し陶酔していました。


nb-ph-104.jpgところが、設立から2、3年して業績が安定してきた時に、ある人がぽろっと言った一言でふっと気付いたのです。人間としての面白味に欠けているということに・・・。ぽろっとの内容は、『今日も仕事の話だけで終わっちゃいましたね』でした。
 最後のお客さんとの商談が終わっても、次の日の早朝に別のお客さんと会えるように夜中のうちにレンタカーで県を移動するようにしていましたし、昼食はドライブスルーで買って食べながら移動することを前提にスケジュールを組んでいましたので、意気投合して夕食や昼食に誘っていただいてもお断りするしかなかったのです。まるでエリート商社マンにでもなったつもりでした。
 今から思えば、人間関係を無視した当時の営業活動が如何にうわべだけのお付き合いを助長させていたか、恥ずかしい限りです。


nb-ph-105.jpgぽろっと言われたその時から、気付くのが遅かったものの余裕をもつということは人間関係だけではなく、面白味のある人間になるためにも必要だと確信しています。ドイツに行ってもイギリスに行ってもアメリカに行っても、つまりはどこの国に行ってもホテルと展示会場しか見たことがなかった以前の海外出張。これでは土産話もしようがありませんし、その国の文化や国民性、流行を知ることもできません。それ以降の海外出張では、贅沢と言われるかもしれませんが、本来の仕事の時間に半日から1日ぐらいの自由時間を用意して、目を肥やし平べったい自分を少しでも彫りの深い人間にすべく、町中や名所を周るように心掛けています。  余談です(もっとも、この道中記の大半が余談です)が、この章の題名は『出張には"うだうだ"も必要です!』としましたが、"うだうだ"は私の辞書では"有駄有駄"です
 『駄』という字は、本来は粗悪なものを表すあまり良い意味の漢字ではありませんが、駄菓子や駄賃、下駄、駄洒落などに使われるようにどこか憎めない意味ももっているので私は好きです。出張に"無駄無駄"は必要ありませんが、"有駄有駄"は大いに必要と考える私は変わり者でしょうか?





   

さぁ街にくりだしましょう! (ニュールンベルク編)
日本の展示会では写真やビデオの撮影をしてもまず何も言われませんが、アメリカやドイツは違います。アメリカは訴訟大国と言われるだけあって特に厳しく、仮に出展企業の人がOKを出しても撮影すると警備員が飛んできて別室へ連れていかれます。フィルムを没収されることもあり、そうなると今までに撮影した旅の思い出もなくなってしまいますのでご注意下さい。
 ドイツはアメリカほどではないものの、やはり日本に比べるとかなり厳しいです。そういったことで、展示会場での写真が全く無く、皆さんに商品のご紹介をすることもできませんので、せめてニュールンベルクの町中をご紹介します。


nb-ph-33.jpgニュールンベルクは、前述の通り中世の面影を町の至るところに残していますので、どこをどう歩いても観光にはもってこいです。無機質で冷ややかな印象を受ける近代的建物はほとんどなく、日本で言うと明治村の中に鎌倉時代や江戸時代、第二次世界大戦終戦直後の建物が混在しているような町です。文章や掲載している写真だけでは伝えきれないことがもどかしいですが、とにかくほのぼのとします。
 私たち日本人の多くは、とかく海外旅行というと華やかさとブランド品ショッピングを好みますが、ニュールンベルクでそれを期待するのであれば残念ながらお勧めできません。時間がもったいないとばかりに動き回るハワイやラスベガスなどとは違い、ニュールンベルクは町のカフェやホテルの部屋で、のんびりと濃い目のコーヒーを飲みながら小説を読む、そんな過ごし方が最も似合う町なのです。


nb-ph-48.jpg展示会の最終日は心ゆくまで最後のブース巡りをしました。私は道中記ニューオーリンズ編でご紹介していますように、何周しても『もしかしたら素晴らしい商品を見落としているのでは?』と不安が残ってしまう"見落とし恐怖症"で、全ブースを隈なく廻ってすべての商品がチェック済みである"最後の1周"がなければ、気持ち良く出張を終えることができません。(笑)
 これが意外と難しく、大きな展示会では出展社が1,000社を超えますので、2、3周したくらいではまだまだ『あれ!気付かなかったなぁ、こんな新しい機能をもった商品があったんだ』ってなことになります。メインの出展商品よりも奥の方に展示している商品の方が、逆に日本では紹介されていない掘り出し物であったりしますし、ブースによっては時間や日によって展示品を微妙に替えている会社もありますので、余計に事態は深刻です。  しかし、そんなこんなで最終日は気持ち良く会場を後にしました。
向かうところは、ニュールンベルク観光の中核であり起点でもあるカイザーブルク城です!





   

カイザーブルク城探訪 (ニュールンベルク編)
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展示会場からカイザーブルク城までタクシーで15分くらいです。天候が悪く、かと言っても明日は帰国するので『まぁ、雨の石畳もいいかな』と増田(当社の 営業マネージャーです)と出かけました。ところが、ところがです、カイザーブルク城に着く寸前に降っていた雨がピタッと止み、驚くようなスピードで雲が遠 ざかり晴れてしまいました!



nb-ph-32.jpgこんなことってあるんですねぇ。タクシーの運転手さんもびっくりしていました。日頃の行いが、なんて聞き飽きた台詞は言いませんが、少なくとも晴れていたのに急速に雲がやって来て雨が降るよりは幸運であったことは間違いありません。







nb-ph-39.jpgカイザーブルク城は、1050年にハインリヒ王によって築かれて以来、1200年までの間に後の皇帝たちが増築させていきました。
 皆さんは城と言うと、優雅で巨大な建物を想像されるかもしれませんが、カイザーブルク城は実に質素です。城と言うよりも要塞と言った方が似合うかもしれ ません。造りは頑強な石でできていて、火を付けようにも燃えることがない建物です。今で言う鉄筋コンクリート製のようなもので、内装や壁に燃焼物を使って いないので、その意味では居住性や見かけはともかくとして最強の砦であったことは間違いないと思います。


nb-ph-101.jpg1050年と言うと日本では後冷泉天皇が即位した頃で、栄華を極めた藤原一族が衰退し武士の社会の幕開けとなる頃です。後冷泉天皇は私も歴史の本を紐解い てみなければ分かりませんでしたが、『いい国作ろう、鎌倉幕府』で1192年に源頼朝が鎌倉幕府を開いたことをご記憶の方は多いと思います。






nb-ph-102.jpgつまり、鎌倉幕府より更に142年前にできた城がカイザーブルクなのです。
 私たち現在人は、過去の歴史として世界中の動きを知ることができますが、当時日本で生きていた人たちが遠く離れたこのニュールンベルクに頑強な要塞が造られていたことを知る由もなかったことを考えると、大きな城門の前で不思議な気持ちになります。


nb-ph-103.jpg入場料を払うと城内に入れ、当時の鎧や武器などを見ることができます。入場料は確か当時のレートで600円くらいだったと思います。それほど見るところがある訳ではありませんが、せっかく来たのですから歴史ある建造物に寄付するつもりで入られたら如何でしょう?








   

中央駅までの観光スポットご案内 (ニュールンベルク編)
観光ルートとしては、カイザーブルク城から中央駅方面に行くルートと、逆に中央駅方面からカイザーブルク城に行くルートとがありますが、お勧めは何と言ってもカイザーブルク城を起点にするルートです。なぜなら、カイザーブルク城はかなり高い所に位置しているので道の傾斜が凄いのです。これを登って行くとなると、かなり脚力に自信のある方だけです。私も増田もまだまだ若いつもりですが、展示会で疲れきった足では高い方から転がるように下っていくのが精一杯です。

nb-ph-42.jpgカイザーブルク城から3分くらい降りると、フェンボハウスと言う建物があります。現在は博物館ですが、1596年頃に商人の住居として建てられたとのことです。時間的に中には入りませんでしたが、聞くところによると天井や壁には見事な彫刻が施されており、たくさんある部屋のすべてに300年以上前の絵や木彫品、家具などの調度品が見られるそうです。冬季以外は一般公開していますので、時間があれば行って見て下さい。


nb-ph-43.jpg更に1、2分で進行方向左側に市役所があります。1622年に完成の建物で、日本ではちょうど徳川幕府が3代目将軍家光にバトンタッチされる頃です。建物自体は市役所ですので入場料などはいらなく、営業時間(?)内であれば誰でも入ることができます。
 この市役所の地下には実は恐ろしい遺物が残されています。それは拷問部屋です。実際に使われた拷問道具が今でも展示されており、1813年に拷問は廃止されたとありますが、第二次世界大戦中などで一時期は復活していたそうです。


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市役所の正面にそびえる2本の塔が目印の教会は聖ゼバルドゥス教会です。高層ビルの無いニュールンベルクでは、町の至る所からこの教会の2本の塔が見え、その存在感をアピールしています。1225年に着工し、実に258年間改築・増築を重ね完成したのは1483年ということです。






nb-ph-46.jpg私が"教会"という建物に入ったのは、実はニュールンベルクとデュッセルドルフ、ケルンの出張での『有駄有駄タイム(前述参照)』の時しかありません。道中記のデュッセルドルフ編でご紹介しますが、特に『ケルンの大聖堂』の規模は壮大で、あまりの凄さにカメラのシャッターを押すことも忘れてしまいます。しかし中に入ってみると、予想より天井は低いのです。てっきり外観の通りに内部の天井も高いと思っていたのですが、内天井と言うのでしょうか中は適当な高さで天井があります。もっとも、それでも物凄い高さですが・・・。
 この頃の教会の特徴は、まったく私の個人的な意見ですが豪華絢爛さだと思います。多分、時代的に宗教と権力の結びつきが強い頃ですので、威厳を示す象徴だったのではないでしょうか。何と言っても皇帝の城よりもお金をかけているのですから・・・。


nb-ph-47.jpg聖ゼバルドゥス教会から3分くらいで中央広場に出ます。まるで青空市場のような所で、果物や野菜、日用雑貨など様々な物が屋台で売られています。クリスマスの数週間前にはドイツで最も有名なクリスマス市が立つことでも有名なこの広場には、シェーナー・ブルンネンと言う綺麗な噴水があります。水はモーゼと旧約聖書の預言者七人を最上段に全4段層からできており、残念ながら1400年頃の完成当時の彫刻は風化のため一部が博物館に保管されているだけで、現在のものは1900年頃に複製されたものです。しかし、保護するための周りの鉄格子は1587年にパウルス・クーンが作ったものです。


nb-ph-50.jpgちなみにクリスマス市は、もちろん私は行ったことがありませんが、17世紀始めにドイツで最も古くから開催されていたそうです。クリスマスにプレゼントをする習慣がこの頃に生まれ、今でも百数十台の屋台でお菓子やケーキ、クリスマスツリーにおもちゃまで子供が喜ぶものなら何でも売っており、毎年200万人もの観光客で賑わうそうです。





nb-ph-52.jpg中央広場には、もうひとつ1358年に完成した聖母教会と言う名所があります。この教会は有名な『プラハの大聖堂』建築者の一人ペーター・パルラーというによって建築されており、聖ゼバルドゥス教会教会のような高さはないものの贅沢な装飾で見る人を楽しませてくれます。




nb-ph-97.jpg正面の大時計は正午になると、中央に座るカール4世皇帝の周りにいる七人の家来(?)が回りだすという大きなおもちゃのような工夫がされており、完成が1500年頃ということですので、その後に世界的に有名なおもちゃの町になったというのが頷けます。
 中にはもちろん無料で入れますが、ここ聖母教会もドイツを代表する教会だけあって内部の至るところに装飾が施されています。時間をたっぷりかけて、飾られた彫刻の人数を数えてみようと思ったことがありますが、それは無理というものです。祭壇の周囲はもちろん、壁や柱に至るまでこれでもか、というほどに彫られていて天井付近などはカメラの望遠レンズを使わなくては肉眼では見えません。(笑)


nb-ph-96.jpgホテルで自炊ができるのであれば中央広場で野菜やソーセージ、果物を買って食べてみたいのですが、炊事場の無いホテルなのでそれも叶わず、いつも買い物を楽しんでいる人を羨まし気に見るだけです。97年に来た時にこの市場の中の日用雑貨を売っている屋台で、微塵切りからキュウリなどの皮むき、輪切り、刻みなど何でもできる万能おろし板セットが売っていて妻への土産に買って帰りましたが、その翌年にテレビ通販で同じものが大ヒットしていました。ドイツはゾーリンゲン地方に代表されるように刃物でも国際的に有名ですが、もしも私がその万能おろし板セットのメーカーに連絡をとって輸入していたら一財産できていたと地団駄を踏む一方、現地の人にとっては当たり前で売られている商品も、国が変わればとても新鮮かつ便利で興味を引くこともあるのだと、いよいよ有駄有駄タイムを大切にしています。


nb-ph-57a.jpg中央広場をもう少し中央駅側に進むとすぐに博物館橋と言う橋に差しかかります。その橋から進行方向左側を見ると、ペグニッツ川を横切るように綺麗な建物があります。この建物の一階は『ハイリヒ・ガイスト・シュピタール』というドイツ料理のレストランで、私はいつもニュールンベルク最後の夕食はここで食べることにしています。最後の夜を飾るのにここ以上のレストランはまだ見つけていません。


nb-ph-58.jpg話を元に戻します(始終はぐれっぱなしとは言わないで下さい!)が、このレストランのある辺りを"養老院地区"と言うそうで、先に進むとこの道中記の始めの方で紹介した職匠歌人ハンス・ザックスの記念碑があるハンス・ザック広場があります。まだ時間的に行ったことがありませんので、もしも行かれた方は当道中記でご紹介したいので写真をお譲り下さい。



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もう間もなく観光コースも終わりですが、博物館橋を越えて更に3分くらい歩くと左手に聖ローレンツ教会があります。外観上は先にご紹介した聖ゼバルドゥス教会ととても似ており、聖ゼバルドゥス教会より35年遅れで完成。やはり200年くらいかけて増改築が行なわれたところなどもそっくりです。第二次世界大戦で2本の塔と外壁を残して潰されたそうですが、1952年に今のように復元されました。中央にある祭壇付近には天井から"天使の挨拶"なる作品と、ロウソクが無数に立ててある大きな燭台が降りています。どの教会もそうですが、石造建築のせいか中は気温が5度くらい低いようです。余計なお世話かもしれませんが、冬に礼拝するのはとても寒いだろうと思います。仮に暖房があったとしても、広い面積に何十メートルもの高い位置にある天井。とても温もるとは思えません。


nb-ph-63.jpg以上が私がニュールンベルクに来た時にいつも通る観光コース(と言うより散歩コース)です。もちろん、まだまだ博物館など様々な歴史ある建造物はありますが、最も短時間で道に迷うことなく(一本道です)主だった所だけでも見て回るなら、このコースしかありません!しかし、今回はもう少しだけ時間がありましたので、思い切って道を逸れてみる事にしました。
聖ローレンツ教会をまっすぐに進むと中央駅前に出ますが、向かって右に曲がりまっすぐ進むとじきに先の尖った高い塔が見えます。


nb-ph-64.jpgこれは"白塔"という建物で、外敵から町を守る防御壁の門塔です。13世紀に作られたままで、現存する最も古い門塔だそうです。
 この白塔の前には何やら奇妙な芸術作品があります。噴水の周りにいくつかの夫婦や家族が描かれていますが、仲睦まじいものよりも醜態を晒している方が多いように感じます。作者は本道中記に何度も登場している職匠歌人ハンス・ザックスで、現地駐在している日本人の人に教えてもらった話によると、人間が動物と夫婦になったとした時の喜怒哀楽がテーマだそうです。奇妙さに納得。

   

今に生きる大道芸人たち (ニュールンベルク編)
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デュッセルドルフでは見かけませんが、ニュールンベルクやケルンでは大道芸人がたくさん活躍しています。大道芸人とは言いましても、剣を呑みこんだりボーリングのピンのようなものをいくつも回すお馴染みの芸もありますが、むしろ楽器を使った演奏者型大道芸人の方が多いようです。ジャズ発祥の地、米国ニューオーリンズでも街角のあちらこちらでトランペットやサックスなどを演奏する大道芸人がいましたが、ここはベートーベンやシューベルトを生んだドイツ、負けてはいません。ドイツの演奏者型大道芸人の特徴としては、単独よりも複数で行なっている方が多いことです。


nb-ph-106.jpg昼間単独で演奏しているのを見かけた芸人さんが夜には2人で演奏していることも珍しくありません。また、身なりから推測するに、必ずしも生活の糧としているのではなさそうな芸人さんが多いのも特徴です。芸術の国、音楽の国としてのドイツを誇りにし、腕前を披露している感じなのです。
 ですから、アメリカの大道芸人はカメラやビデオで撮影しようとすると観客側に紛れ込んでいる相棒がすかさずチップを要求してきますが、ドイツの大道芸人はそんなことが一切ありません。その意味ではチップを払う私たちも、素晴らしい音楽を聴かせてもらったお礼として、強制されることもなく気持ち良くチップを払うのです。

野暮な話ですが、いったいこの人たちはいくら位の"売上"があるのかな、と思って見てみました。すると、平均して3分か4分に一人の観客が300円くらいを"お支払い箱"に入れているようでしたので、時給に換算すると少なく見積もっても5,000円くらいになるのです!ただし、それは演奏にしろ芸にしろ素晴らしいと感じさせることができる芸人さんだけで、ありふれた演奏や芸には観客はソッポを向きます。


 写真の女性4人は、私の拙い英語で聞いた限りではあるオーケストラのメンバーで、同じ練習するなら街頭でと始めたそうです。そのうち、広い音楽ホールで大勢の人の前で演奏するより街頭で少数の人の前で演奏した方が観客の気持ちが伝わるし、何よりごまかしがきかないのである意味ではこちらの方が真剣勝負ということに気付き、4人のスケジュールが合えば決まってここで演奏するとのことでした。演奏がミニオーケストラ並みに上手なのでチップを入れる人は多いものの、4人で分けたら少ないな、などはこの人達にとってはいらぬお節介です。


nb-ph-81.jpgもう一組だけ、数ある大道芸人衆の中でも特に目に付いたコンビをご紹介します。コンビのうちのお一人は昼間に見かけたのですが、小さな犬を肩にのせて年代物のアコーディオンを弾いていました。犬を肩に乗せているだけでも十分に目立ちますが、その演奏もピカイチでした。増田と夕食を終えてホテルに帰る途中に、夜も更けたので大道芸人が少なくなったせいもありますが、ひときわ陽気な音楽が道草に誘います。その演奏者が犬を連れたアコーディオンおじさんとバイオリンおじいさんでした。



nb-ph-82.jpg私たちが日本人だと知ったからか、私たちでも知っている曲を何曲も演奏してくれ、ついつい20分30分と夢中になって聴き入ってしまいました。このお二人はドイツ語しか話せませんでしたが、幸運にもドイツに30年以上住んでいる日本人ご夫婦がいて通訳をしてくれました。おじいさんの方は音楽大学の教授をしていたそうです。どうりでアコーディオンおじさんに負けず劣らず上手なはずで、定年退職後もこうして音楽と関わって余生を最高に楽しんでいるとも言っていました。私も上手に年をとりたいものです。
 このお二人の演奏がどれほど陽気かは、道行く上品な老夫婦がワルツを踊り出したと言えば皆さんにもお分かりいただけると思います。私も連れ合いが増田ではなく、貴婦人だったら踊り出すところでした。(笑)


nb-ph-673.jpgちなみに、ミニオーケストラ4人組みと音大おじいさんは、過去数年いつ行っても見かけますし、最近では1年に1回の出会いなのですが私のことを覚えてくれたようです。日本人、と言うより東洋人が珍しいからでしょう。
アコーディオンおじさんはいたりいなかったりで、いない時は音大おじいさんは別の人とコンビを組んでいます。(ちゃっかり者です)









   

これでいいの?日本の車椅子 (ニュールンベルク編)
少し真面目な話に戻します。展示会の2日目には、前述のクッシェルさん(ドイツ在住の日本人通訳の人)に同行してもらいました。当社と同じアクショングループのドイツ総代理店との情報交換と、特に優れた商品を展示しているブースでする商談、それに当社が取り扱うドイツ製製品のメーカーとの打ち合わせという3つの通訳をしてもらうためです。


nb-ph-65.jpg最初のアクショングループのドイツ総代理店との情報交換の中で、とても重要な話題がありました。これはアメリカのアクション社とのミーティングでも出た話題ですが、日本の車椅子についてです。
 アメリカのスタッフもドイツのスタッフも日本に来たことがあります。日本の福祉は欧米各国より10年くらい遅れているとはよく言われますが、彼らは来日して介護ショップで売っていたり、町中で使われている車椅子を見るや『確かに遅れている』と納得してしまうのです。
 どういうことでしょう?つまり、彼らの国では搬送用としてしか使われない簡易型車椅子が介護ショップで主力商品として並び、町中でも多くの人がそれを使っていることに驚くのです。


nb-ph-98.jpg簡易型の車椅子の利点は『折り畳みができて軽い』ですが、これは逆に言うと『座布(座面)がたわみ易く、安定感にも欠ける』ということです。例えば釣りやハイキングに行く時などに使う折り畳みの椅子に長時間座りっきりだとどうでしょうか?健常者なら立ち上がって背伸びをすることも足を伸ばすこともできますが、高齢者や障害者の方々はそうもいきません。また、座っている時は寝ている時と違い、体重の大部分をお尻で受けるので床ずれのできる危険性が高くなるのです。
 ですから、欧米では短時間の移動や応急的に簡易型車椅子を使うことはありますが、それとは別に普段は多少高額ですがしっかりした車椅子を利用しているのです。


例えばフットレスト(足乗せ台)やアームレスト(腕乗せ台)の高さ調整ができないと、足や腕の体重を逃がすことができずお尻に圧力が集中してしまいます。座面が大き過ぎると姿勢が左右どちらかに片寄ってしまいますし。小さ過ぎると窮屈で腰骨などに圧力がかかってしまいます。また座布がたわむと、ハンモック現象というものが発生して体の両サイドに圧力が集中してしまうことがありますし、背もたれが低いと背中に体重を逃がすことができないばかりか、使っている人は疲れやすくなります。

 まだまだ簡易型車椅子を日常的に使うことの問題点は他にもたくさんありますが、問題はこのような『シーティング・システム』という正しい座り方の知識の普及が、日本では大幅に遅れているということです。私たちも車椅子用床ずれ防止用具を主力商品として販売していますが、極端に言うと正しい座り方をすれば、床ずれ防止用具を使わなくても床ずれを防ぐことができる人も多いのです。現在、シーティング・システムのマニュアルを作成中で完成すれば無料配布を行ないますが、それに対して『売れ筋である簡易型車椅子の販売に影響が出る』と私たちに圧力を加える企業があります。これが日本の現状です。
 シーティング・システムのことをもっと詳しくお知りになりたい方は、遠慮なくお申し付け下さい。私たちにも意地があります。いつかは圧力をかけてきた企業すべてが間違いを認めて謝ってくれるまで精一杯あがきます。(すいません。書いているうちに一人で熱くなってしまいました・・・)



   

ドイツ最後の晩餐 (ニュールンベルク編)
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いよいよニュールンベルク最後の夜です。ニュールンベルクへ出張に来た最後の夜は、必ずあるレストランでディナーをとると以前にご紹介しましたが、それが 『ハイリヒ・ガイスト・シュピタール』です。このレストランは、ペグニッツ川にまたいで建てられた聖養老院と言う建物の一階にあります。





nb-ph-80.jpg元から川をまたいでいた訳ではなく、聖養老院が狭くなってきたものの増築する場所が他に無かったので川側に増築したそうです。しかし、結果的には素晴らしい景色となり、いつも大勢の人が写真と撮ったり絵を描いたりしています。昼間の景色も美しいですが、ライトが灯る夜に見る聖養老院もムードがあって素敵です。




nb-ph-74.jpg完成から500年ほど経っているこの建物の中は、外観と同様に落ち着いた芸術性さえ感じさせる雰囲気です。2年に一回しか来ないのですが、なぜかウェイターのおじさんは私のことを覚えていて、いつも片言の日本語で話しかけてきます。
前回は私がビデオ、増田がカメラを撮影していると、にこっと笑いながら寄って来『撮って上げます』。ビデオがお気に入りのようで、渡すと熱心に私と増田 を撮ってくれました。そのうちカメラをクルっと回し出したり、もう一人のウェイターさんを撮ったり・・・。もう一人の人もそれに応えてピースサイン!ドイツの人はとことん陽気です。




nb-ph-76.jpgさて、肝心の料理の方ですが、農耕民族である日本人にとって一人で一皿食べられる料理ではありません。










nb-ph-78.jpgこのレストラン『ハイリヒ・ガイスト・シュピタール』はニュールンベルクきっての高級レストランですが、肉料理二品、オニオンスープ2つにワイングラスとミネラルウォーター、それに食べきれないほどのドイツパンで、日本円にしてざっと5,000円くらいでした。思う存分に高級料理を食べ、優雅な気分にさせてもらったのですから、一人2,500円は十分に支払う価値があります。
 是非、ニュールンベルクに行かれた時は、このレストランへ行って下さい。期待を裏切ることはないと思います。  ところで、いつもは店の中央寄りの席だったのですが、03年に高橋先生と行った時は窓際のど真ん中、つまり特等席でした。橋から見るこのレストランも最 高ですが、レストランから見る橋も最高です!なぜこのような特等席にしてくれたのかについては、3つの可能性があります。



nb-ph-708.jpg一つは時間が早くてあまり混んでいなかったこと。もう一つはレストランに入った時に『Do you have one next to the window?(窓際の席はありますか)』って聞いたこと。最後は一番可能性が高いのですが、宿泊しているMERIDIENホテルのスタッフに予約を入れ てもらったことです。どこの誰とも分からない私が日本語なまり(?)の英語で予約するよりも、現地で最高級と言われるホテルのスタッフからの予約の方がVIP扱いされる可能性は大です。







nb-ph-683.jpgいずれにしても、次回から"最後の晩餐"には3つとも実践して特等席を確保するようにします。これを読まれた方は、毎年のアルテンプフレーゲ最終日の夕方だけはこの手を使わないで下さい。私がまた窓際の席に座れなくなるんで・・・。(笑)












   

"もの"を作る人に憧れて (ニュールンベルク編)
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とうとう短いようで短かった(笑)ニュールンベルグ出張も終わりです。到着は夕方で出発は朝なので、現地4泊5日とは言っても実質は2泊3日です。日本到着が土曜日ならまだましな方です。帰国が日曜日の海外出張ですと、時差ぼけも治らないままに月曜日から平常通り出社しますので頭の働きがやや劣ってしまいます。こればかりは気合や根性ではどうしようもありませんので・・・。
 ちなみに、中央駅付近から空港まではタクシーで1,500円くらいですので、2人以上なら空港リムジンに比べて時間に束縛されない分だけ良いかもしれません。

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さて、私たち貿易商社の本当の仕事は帰国してからです。ここ数年は商談のスピードが格段に早くなっていますので、展示会場で一種の仮契約を済ますことがありますが、それにしても最終的な価格や条件についての本格的な交渉は帰国してからです。国内に類似品があるかないか、あればその性能や価格と比べてどうか、など商談と並行して"市場調査"と言われるものもしなければいけません。
私の友人の中には、私の仕事内容を話すと『結構、大変そうだな』と言う人もいますが、全くそんなことはありません。逆に楽しくて仕方がないほどです。そんな仕事を楽しむ私が、社会人になって1度だけ人の仕事を羨ましいと思ったことがあります。それは中学を卒業してとび職になった後輩ですが、そいつが自分の子供にこう言うのです。『あの橋は父さんが造ったんだぞ!』
 その橋とは本州と淡路、四国を結ぶ世界最大の吊り橋、瀬戸大橋です。もちろん下請け会社の、そのまた一員として建設に加わったのですが、一人一人の力が集まるとどんな大きなものも造れる、それを子供に教えているようでした。

 今さら私が製造業に転職するわけにはいきません。でもいつかは多くの人に喜ばれる"もの"をつくる人間になりたいと思っています。それは必ずしも形ある"もの"でなくても良いのです。素晴らしい商品を流通させる仕組みや、正しい知識を早く簡単に広める方法、現場のニーズや意見をメーカーに伝えて改善させるシステムなど、形のない"もの"でも良いので、後に『あのシステムは、あのやり方は私が作ったんです』と自信をもって自慢でき(?)、人にも喜んでもらえる"もの"作りを目指します。
 5年経っても私やアクションジャパンが、そのような完成品ができていない時は笑って下さい。皆さんに笑われないように、社員一同全力で良い"もの"が作れるように頑張っていきます。

 それでは、ニューオーリンズ編同様に長くなってしまいましたが、これをもちまして海外道中記ニュールンベルク編を終了させていただきます。最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
 皆様のご健康とご多幸をお祈りして、あとがきとさせていただきます。